雨と傘
昼過ぎから降りだした雨は徐々に勢いを増してゆく。
「傘を持ってきて正解ね」
慌ただしく行き交う人を横目に、ナーナは傘をひらいた。
淡い紫色の生地に雨粒がいくすじも伝い落ち、それは徐々に水分を含んでゆく。
「何か不思議な感じ……」
淡い紫色の傘の生地に少しずつ浮かび上がってくる桜の花びらは、瞬く間に咲き誇った。
一号生全員から誕生日にプレゼントされたこの傘は、水に濡れると桜の花びらが一面に浮かび上がる細工のされた、少し不思議な物だった。
浮かび上がる桜の花びらに雨の憂鬱な気分も吹き飛んでしまう。
そんな風に傘に見とれながら雨の中を歩いていたナーナだったが、ふと見知った制服が視界に入ってきた。
(あっ……)
数メートル先の民家の軒下。漆喰の壁に寄りかかりながら空を見上げているのは一号生筆頭の剣桃太郎。
何だろう。そこだけ、世界が違う……。
そこだけ刻が止まっているように、まるで切り取られた一枚の静止画。
しばらくそれに見とれていたら、その視線に気がついたのか目が合った。
「この雨には参りますね」
「ナーナさんのお陰で濡れなくてすんだよ。……それに、この傘を使ってくれているんだな」
「はい。とても気に入ってます!」
「そうか」
嬉しそうに笑むナーナを優しく見つめながら桃は『傘を持つのは男の役目』だと、ナーナの手からさりげなく柄を取る。その手と微かに指先が触れ、
(っ!)
ドキッとして思わず手を引っ込めた。
「どうした?」
「な、何でもないです!……それより桃さんはどうしてあそこにいたのですか?」
「そうだな……『待っていた』って言ったらどうする?」
「待つ?誰をですか?」
「ナーナさんに決まっているじゃないか」
「えっ?……えええ――――っ!!!」
思わず傘から飛び出してしまったナーナ。心なしかその顔は赤いように見えた。
桃の言葉に大きな嘘はなかった。
塾長室の前で偶然聞いてしまったナーナの外出の話。詳しい事は分からなかったが、塾長の代理で遠出をするらしく交通手段は電車。帰りは夕方になるという。
『……最近駅前の治安が良くないって伊達が言ってたな』
一応ナーナには武術の心得があり腕も立つ。そこらそんじょの男では太刀打ちできないだろうと、その点の心配はない。だがナーナは女性である。腕っぷしが強くとも、男塾の塾生にとって、いや、桃にとって守りたい女性なのだ。
「濡れるぞ?」
「あっ、はい……」
差し出された傘。
そうして、ふたりは並んで歩き出す。
「……あのう桃さん?」
「ん?」
「その……本当、に?」
「どうして嘘をつく必要があるんだ?」
「!!」
そっと肩を抱き寄せられた。近づくふたりの距離と触れあう身体。
────ただ響き渡るのは、雨音。