月の光が誘うその夜に
立冬が過ぎ、さすが夜出歩くには厚手の上着が必要になった。
「空気が清んで、満月がとてもきれい」
さっきまで降っていた雨が止み、夜空は雲一つなく、満月が煌々と輝いていた。
こんな月がきれいな日には、つい男塾の裏山へ足が向かってしまう。満月の光を一身に浴びた万年桜を想像するだけで心が騒ぐ。
ちょうど明日は休み。
みんな居るかな?とコンビニでお酒とおつまみを適当に見繕い、男塾に向かった。
抜け道を歩き男塾の裏山に出ると、万年桜の樹々の一角に見知った二人がいた。
満月の光りを浴びた夜桜の下で、二人は何を話しているんだろうか。
「一号生筆頭と元一号生筆頭か」
それにしても珍しい組み合わせだ。
人あたりの良い穏やかな桃。彼の周りにはいつも仲間達がいてとても賑やかだ。
伊達は一匹狼気質であり人を寄せ付けない雰囲気がある。独りでいる所をよく見かける。
「ナーナさん!!」
「何突っ立ってんだ!」
二人に手招きされて、しばし晩酌に付き合う事になった。
「すごい量だな」
「みんな居るかと思って多めに買ってきちゃった」
コンビニの袋からわかわらと出てくる酒の数に、二人は目を丸くしていた。
「私ビールは飲めないから、みんなで分けて」
「フフフごっつぁんです」
「まあ貰っといてやるよ」
桃と伊達はそれぞれに受け取った。
「お前は何を飲むんだ?」
殆ど袋の中に酒は残っていない。
「私はこれ」
どこから出したのか。その手にはワインボトルとワイングラスが3つあった。
「けっ月見酒にワインかよ」
一升瓶を片手に、伊達は馬鹿にしたように言葉をナーナに投げる。
「おい伊達。人それぞれだろう」
桃が伊達を諌めようとするが、
「桃ありがとう。言いたいヤツには言わせといていいから」
「フン」
ナーナはそれを軽く受け流した。
「これ、ヴィンテージワインだ!!」
「何!?」
ワインボトルのそのラベルを見た桃は思わずナーナを見る。
「19XX年!?」
最高級ワインの一つのそれ。年代によって値段は違うが、それでも簡単に出せる額じゃない。
しかもナーナの持っていたそれは当たり年といわれている物。
「さすがね桃。ワインまで精通しているとは」
「いやこの銘柄なら有名すぎるぜ?誰でも分かるんじゃないか?」
桃はそう言い伊達を見る。
「ワインに興味がなきゃ知らねぇだろう」
伊達は面倒臭そうに言うと一升瓶に口をつけた。
「でも、何故ナーナさんがとても高級なワインを?」
これならば数百万円はするだろう。こんな高級品を持っているのか、桃には不思議でしょうがなかった。
「ひ・み・つ」
ナーナは悪戯っ子のように笑んで桃にウインクをする。それからワインオープナーを手に取った。
「赤っていうより、深い紫色に見えるな」
「そうだね」
ワイングラスを満月にかざしてみる。
深い落ち着い色合いが、何故か飲んでしまうのが惜しかった。
「俺は馬鹿高いワインより、こっちの方が性にあっているぜ」
伊達は既にワインを終えて、次の日本酒の一升瓶を呑んでいる。
「やれやれ乾杯もしないで」
「それじゃあ桃?私達は乾杯しましょう」
「ああ乾杯!」
グラス持ち上げ、目と目を合わせ微笑み合った。
しばし伊達・桃・ナーナは静かに満月の明るい光に照らし出された桜を見つめる。
桜の花びらが夜風に乱れるように美しく舞う。
誰も言葉を発さず、ただ静寂だけがその場を支配した。
やがて三面拳の飛燕が伊達を呼びに来て、彼は一足先に万年桜から去って行った。
残された桃とナーナ。
「桃の時間は大丈夫?」
「フッ今更だろう?」
寮の門限はとっくに過ぎているから、今更考えてもどうしようもない。
「桃ならみんなに内緒で家に泊めてあげるからね」
流石の桃でもこの寒さの中、外で過ごすのは無茶だと思うから。
門限を過ぎたら例え筆頭だろうと、総代だろうが寮に入る事は出来ないのだ。
「そいつはありがたい」
そう言って笑う桃にドキッとした。
「ところでこのワイングラスは、あの有名な高級ブランドだよな?」
「さすが桃、ご名答。……やっぱり貴方は良家育ち」
「さてな」
とぼける桃にナーナは言葉を続ける。
「そして温かい家庭で愛されて育った。だからみんなが寄ってくるのね」
男塾に集う塾生達にはない家庭の温かさ。それを持っている桃だから、きっと皆が慕うのだ。
「俺はナーナさんの素性の方が気になるぜ?」
女人禁制の男塾に於いて、その禁を破ってまで塾長がここに置く女性。
年令は自分達とそう変わらないだろう。
「それは企業秘密です」
ナーナは僅かに首を傾げて笑み、それからまた空を見上げる。
星影が霞む程の鮮やかな月の光はまばゆいくらいで。
桃がナーナの肩を抱き寄せると、ナーナはそっと桃にもたれ掛かった。
【おまけ】
翌日の昼下がり。
飄々と寮に帰って来た桃だったが、外泊に対してのお咎めはなかった。
それはナーナが塾長にきちんと承諾を取った為である。
「桃、一体何処に行ってたんじゃ」
朝帰りならぬ昼帰り。
「まあちょっとな」
松尾の問い掛けに当たり障りなく桃は答える。それから、
「皆、ナーナさんから差し入れだ」
桃が学ランを振ると、缶ビールがどさどさと出てきた。
「……ナーナさんからじゃと?」
富樫が何故だと言わんばかりの顔をして桃を見る。
「ああ。昨日伊達と俺とナーナさんで月見酒をしてな」
「「な何ぃ━━━━っ!!」」
何故誘わなかったと非難の声が上がるが、桃は涼しい顔をして自分のベッドに寝転んだ。
あれからナーナの部屋に行き二人で飲み直した。
見かけによらずお酒に強かったナーナ。先に潰れたのは桃の方で、気がついたら朝だった。
ナーナはケロッとしていて、何事もなかったかのように朝食の用意をしていた。
(ホントにナーナさんには驚かされるぜ。それにしても、勿体なかったな……)
好意を持っていなければ自宅に、しかも一人暮らしの部屋に男をあげるなんてあり得ないだろう。
(ナーナさんは俺の事を……?)
「おい桃話しは終わっとらん!!」
「はいはい」
皆の視線を遮断するように、桃はゆっくりと瞳を閉じた。