某月某日の青天の霹靂[弐]
「これどこに置くんだ」
食堂で夕食の用意をしていたらひょっこり現れた桃の肩の上と抱えるように米俵が3個。
「あっ!ここにお願いします」
「了解」
桃は軽々と米俵を所定の位置に置いた。
馴染みのお米屋さんに頼んでいたお米。後で運んでもらおうと思っていた矢先だった。
一号生等に支給される寮費は微々たるもので、やりくりには苦労する。
自由に使えるお金がある三号生等とは大違いだ。
だからナーナは寮の裏手に自作の畑や鶏舎を作り、野菜や卵を節約。その分を米等に回していた。
「剣さんありがとうございます」
「フッ、力仕事は俺達の仕事だから気にしないでくれ」
体力と根性の男塾に於いて知性も伴ったパーフェクトな漢、剣桃太郎。
塾長に言われたのもあるだろうが、ナーナが寮長代理になったその日から何かと気にかけてくれる。
ナーナが彼を知ったのは、驚邏大四凶殺。三号生の死天王らと密かに一号生達の救護にあたっていた時。
関東豪学連総長伊達臣人と男塾一号生筆頭剣桃太郎の死闘をナーナは間近で見ていた。
先の闘いで散っていった仲間達への想いと男の面子を賭けた闘い。
仲間の大鐘音エールがこだまする中、桃は傷つきボロボロになりながらも伊達を倒した。
死闘を終え下山して来た桃の手当をしたのがナーナだったのだ。王大人から中国医術・秘術の手ほどきを受けており彼の信頼も厚い。
傷だらけの桃と初めて対面したナーナはなぜか泣いてしまい、彼を困らせた。その涙が何に対して流れたのか、未だ分からないでいる。
そして手当をしながら桃といろんな事を話し交流をもち、何時しかナーナの中で桃は気になる存在になっていた。
もちろん三号生筆頭の邪鬼や死天王らの人柄にナーナは好意を持っている。だが、桃に感じたその気持ちは別だった。
「なあナーナさん。剣さんなんて他人行儀な呼び方止めてくれないか?」
食堂の調理場に向かい合った二人。あまり広くないその場所。体躯のよい桃とナーナが並ぶといっぱいいっぱいだ。
「では何とお呼びすれば良いのですか?」
身体が触れそうな距離の近さにドキドキしながら、ナーナは桃を見上げた。
「苗字以外なら何でもいいぜ」
それはすなわち下の名前で呼んでくれということ。
「では、『桃さん』はいかがでしょうか?」
首を傾げて少しの間考えて、それからナーナは笑う。
「!!」
その笑い顔が愛らしくて桃は抱きしめてしまいたい衝動に駆られた。
「『さん』付けは無しが良いんだがな」
何とかその気持ちを抑えようとするが、
「もう少し桃さんを知ってからじゃダメですか?」
身長差により自然と桃を見る時に仕草が上目遣いになるナーナ。
少し恥ずかしげなその表情に完全に撃沈した。
「も、桃さん!?」
いきなり視界が真っ暗になった。桃に抱きしめられていると気づくまで、多少の時間が必要だった。
「少しだけ、こうさせてくれ」
自分より頭一つと半分小さいナーナは、腕の中にすっぽりと収まってしまう。
「……」
胸に込み上げる温かい気持ちに、桃は戸惑っていた。
「桃さん、とても温かいです」
突然の事に驚いたナーナだったが、そっと腕を桃の身体に回す。
しばらくの間二人は抱き合った。
食堂に向かって歩いてくるバタバタとした足音に、二人は慌てて身体を離した。
「おっ桃。何しとんじゃ」
「盗み食いか?」
富樫と虎丸が食堂に入ってきた。確か今日の食事当番は富樫だ。
「米俵を運ぶ力仕事だ。もう終わったがな」
桃は何事もなかったかのように富樫と虎丸の方へ歩いて行く。
「助かりました。ありがとう桃さん」
ナーナも平静を装い桃の背中に声をかけるが、彼女が桃を名前で呼んでいた事に二人は気づいていなかった。
「ナーナさん今日の晩飯は何じゃ?わしは腹が減って仕方ないんじゃ」
虎丸が調理場を覗く。
「さばの味噌煮とほうれん草とじゃこのおひたし。豆腐と油揚げのお味噌汁。食べ放題のご飯とお漬物ですよ」
「おう楽しみじゃ」
ナーナのメニューに虎丸はにいっと笑うと、桃の隣に座り彼と話しを始めた。
「俺は何すりゃいい?」
「ほうれん草を湯でておひたしをお願いします」
匂いにつられてか食堂にぞろぞろと腹ぺこな一号生達が集まり始めた。
「富樫さん手が空いたら味噌煮をお皿に盛り付けて下さい」
「おう」
調理場の中で手際よくナーナと富樫は夕食の準備を終えてゆく。
「……」
調理場で富樫と仲睦まじく(少なくとも桃にはそう見えた)夕食の支度をしているナーナを見ると、桃の胸はもやもやとした。
「……」
「桃?どうしたんじゃ。具合でも悪いんか?」
虎丸は桃の肩に手を置く。心配そうな顔だ。
「ああ、すまない虎丸。少し考え事をしていてな」
フッと笑う桃はいつもの彼だった。