一番星に願いごと


「タイムセール間に合ってよかった」
「かなりお買い得品買えたしな」
大きな買い物袋を複数抱えた一組の男女。洋ランに白いハチマキが印象的な男性と、オーバーオールに白いパーカー姿の女性は、一見すると学生カップルにも見える。
寮までの夕暮れの道を桃とナーナは二人で歩く。毎日交代制の買い物当番。今日は桃が当番だった。

男塾は全寮制で、各学年に応じて寮費なるお金が支給される。学年が上がるにつけ寮費は増えてゆくが、二号生に支給される寮費はそれなりの金額。
だが約100名の食べ盛りの塾生達。お金はいくらあっても足りない。
寮長代理のナーナは二号生の皆にお腹一杯食べて貰おうと、あれやこれやと寮費の遣り繰りをしていた。
スーパーのタイムセールを狙うのも遣り繰りの一環である。

天挑五輪大武會が終わり、桃達一号生は二号生に進級した。
ようやく訪れた穏やかな日常。
こんな毎日がずっと続いて欲しいと思わずにはいられない。
「少し休んで行かないか?」
「あ、うん」
桃は買い物袋を三つ。ナーナは一つ。それぞれぎっしりと詰め込まれておりかなりの重さだ。
平気な顔をしていたナーナだったが、桃はお見通しだったらしい。
二人は公園のベンチに腰掛けた。

夕暮れの公園はひっそりとしていて、とても静かだった。
「ほら飲むか?」
「あっ、ありがとう桃」
公園に着いてから少し席を外していた桃が缶コーヒーを手に戻って来た。
手渡されたのはカフェオレ。甘くないと飲めないコーヒーで、ナーナが唯一飲めるのがカフェオレ。
何かの拍子で話した事を桃が覚えていてくれたのが嬉しかった。
「綺麗な夕焼けだね」
「ああ、そうだな」
微糖の缶コーヒーと甘いカフェオレ。
それぞれに口をつけながら、二人で夕空を見上げた。
朱を含んだ紫陽花色の夕空が街の上に広がる。
「あっ、一番星」
見上げるその先に、一番星がきらきらと輝いていた。
「願い事でもするか」
「そうだね」
一度顔を見合せて、それから二人はまた空を見上げる。
しばしの沈黙。
(桃とこんな日常をずっと一緒に過ごせますように)
願い事を唱え終えて隣を見ると、桃はまだ終えていないようだった。

────何をそんなに熱心に願っているんだろう?

ナーナの視線に気付いたのか、桃がこちらを向く。ばっちりと目が合った。
「フッそんなに俺の願い事を知りたいのか?」
「!!」
図星を突かれてカアッと顔が赤くなるのをナーナは自覚した。
桃はナーナとの間にある買い物袋をどける。近付く桃との距離。
さっきまで感じていなかったのに、鼓動が急に早くなる。
「顔赤いぞ?空と一緒だな」
「だ誰のせい……ひゃっ!」
桃の手のひらがナーナの両頬をはさむと彼女は肩をびくっと震わせた。
「緊張しているな」
「あ、当たり前です!」
自慢じゃないが男の人にこんな風に触れられるなんて初めてで、どうすれば良いのか分からなくて戸惑っている。
きっと桃にはバレバレだ。
「ナーナを独り占め出来ますようにが俺の願い事だ」
「っ!!」
ボンっとゆでダコのように真っ赤になるナーナを見て、桃は満足そうに笑う。
「さて、俺の願い事は話したぞ。次はナーナの願い事を教えてくれ」
見つめる優しい眼差しに心臓は煩いくらい脈を打つ。
「……私の願った事は、桃とこんな日常をずっと一緒に過ごせますようにです」
本人を目の前に告白まがいなんて、恥ずかしすぎる。
そんなナーナの気持ちを知ってか知らずか、ふと桃は真顔になった。
「桃?」
太い眉の下からのぞく切れ長の瞳は漆黒の双眸。揺るぎない強さを宿したそれに吸い込まれそうで。
「願い事叶いそうだ。一番星効果すげぇな」
そっと近付く桃の顔に、
「うん。そうだね」
ナーナはゆっくりと瞳を閉じた。



不知夜月