【25.仁とラース】
それからしばらくの後ラースは退院し、東郷が止める間もなくその足で三島財閥頭首の元へと向かった。
本来なら仁に合わせる顔などラースは持ち合わせてない。
三島財閥頭首の最愛の女性を、拉致してレイプしたのだから。
仁にしてみればラースは殺しても殺し足りない男で、二度と顔も見たくない相手。
そんな事はラースにとって百も承知であったが、どうしても今は仁に会わなくてはならなかった。
それは今現在三島一八の下にいるナーナの事。
もうかなりの時間が経っていると思うのだが、仁が動いていない事に腹立たしさと歯痒さをラースは感じていた。
ナーナをどうして助けに行かないのか。彼女は仁を待っているのではないのか。
━━━━仁に直接問いただす!!
三島財閥本社ビル最上階。目の前にそびえ立つ分厚い樫の木のドアの前にラースはいた。
ラースの来訪は既に連絡が行ってるはずだ。
ラースは逸る気持ちを落ち着かせると、ドアに手を掛けた。
「失礼いたします」
部屋の中に足を踏み入れる。
だだっ広い室内を見渡すと、総ガラス張りの窓の前に仁はいた。
腕組みをし外の景色を見つめているように見える。
ラースはゆっくりと近付いて行った。
「頭首」
控え目にラースは声を掛ける。
ガラスに映る仁の表情を伺い知る事はできなかった。
「何の用だラース。お前を招待した覚えはない。しかもお前は謹慎中のはずだが?」
仁は振り返ることなく淡々と言葉を放つ。
その冷たい声色は明らかにラースを拒絶していた。
だが仁の態度がそうである事はラースの中では想定済みである。
「ただ貴方にお聞きしたい事がありまして、禁を破ってまで伺いました」
ガラス越しに見えるラースの、その眼差しは真剣だ。
禁を破ってまで聞きたい事とは、恐らくあいつの事だろう━━━━。
「……」
「何故頭首はナーナさんを助けに行かないのですか?」
何も言わない仁にかまわずラースは言葉を投げ付ける。
「!!」
仁の肩がピクリと震えるのをラースは見逃さなかった。
「……お前には、関係ない事だ」
長い沈黙の後、振り向いた仁の冷酷な瞳がラースを見つめる。
放たれた殺気にラースは無意識のうちに一歩後退っていた。
「くっ」
数ヶ月前に受けた仁の怒りの拳。自ら招いたとはいえ身体はその時の恐怖を覚えているのだ。
だがそれでは駄目だ。
その殺気と威圧感に圧倒され怖じけづいている自分を何とか奮い立たせる。
「貴方がこのまま動かないのなら俺がナーナさんを助けて、今度こそナーナさんを!!」
ようやく絞り出した声は微かに震えていたが、ラースは毅然と言い放った。
「東郷、ナーナさんに関する今分かっている全ての事柄を教えてくれ」
「ラース!まさかお前!!」
頭首の所から帰って来たラースは、思いつめた顔をしていた。
「悪いが言った通りにしてくれ」
東郷は何があったのかとラースに問い掛けるが、彼は答えようとはしなかった。
一体頭首と何が……?
東郷はラースが帰って来る前に、ニーナから連絡を受けていた。
それはラースを見張り彼が動いたらすぐに連絡をしろという仁からの命令。
「ナーナさんを助けるんだな」
「そうだ」
そう答えるラースの瞳に迷いはなかった。
そんなラースを見て東郷は決意する。
自分が命令を受けるも訊くのもラースだけだと。
「これが今分かっていることだ」
東郷はラースにパソコンの画面を見せる。そこにはこと細かくナーナに関する事が書かれていた。
「どうやらこの日はナーナさんが一人になるみたいだな」
東郷は画面に表示されたある日にちを伝えた。
「罠ではないのか?」
それは誰もが感じる疑問で、三島財閥のアキレス腱を手に入れたG社がみすみすそれを手放すような事をするのだろうかと。
「いや、罠ではない」
「何故そう言い切れる」
半信半疑のラースに東郷はその理由を詳しく訊かせる。漏れ伝われてきた彼女の容態と共に。
「すまなかった東郷」
ナーナの事になると冷静さを欠いてしまう。東郷が副官になってから間違った作戦は立案されていないのだ。
その事に気付き冷静さを取り戻したラースは決意する。
「至急対応を頼む」
「了解した」
ラースの瞳にいつもの色が戻ったのを確認した東郷は早速取り掛かるのであった。
薄暗い部屋の中に響く二人の声。その声主はラースと東郷に間違いなかった。
『……それだと危険だな』
『ならばこちらはどうだ?』
まさかそこに盗聴器が仕掛けられているとは思ってもみないだろう。
だだ漏れな情報。
それを聞いていた男は傍らにあった暗号回線の連絡ツールを手に取ると、ゆっくりとパネルを操作し始めた。
「仁!ラースが動いたわ」
「そうか。東郷は案の定役に立たなかったな」
仁は読みかけの書類をデスクに置く。
はなから東郷を信用してなどいなかった仁は、それとは別に彼を見張らせ動向を探っていた。
「動くのね」
「無論だ。留守を頼む」
既にライダースーツに身を包んでいる仁はニーナに短くそう答えると執務室を出て行った。
この日が手薄になるという事は仁も知っていた。だが当初彼はこの日に動くのをよしとしなかった。
あからさまな状態がいとも簡単に情報として入って来るのは、罠である事を示しているのだ。
敵の誘いに乗る訳にはいかないと、仁はこの件を黙殺しようとした。
だが東郷らの動きを見張っていた部下から、彼らがこの日に行動を起こすという知らせを受け考えを変えた。
もしその日が敵の罠だったら煩わしい事は全てラースに任せ、自らはナーナの救出に向かえばいいのだと。
━━━━ラースよ、せいぜい上手く、立ち回るんだな。
不知夜月