【28.狭間】

ナーナは夢を見ていた。いや、もしかしたら夢ではなく現実なのかもしれない。
今のナーナにはこれが夢なのか、それとも現実なのか、確かめる術はない。
どこまでも続く暗い道。沢山の人々が虚ろな表情でただ歩いている。
先の見えない暗い一本道にナーナは立っていた。
誰も、何も、気にかけない。

「あれ……傷がない?」
自分の身体の異変に気付く。胸の刺し傷が消えており、ぴんぴんしている。
「私、死んだの?」
あの時自ら命を絶つ為にナイフで胸を突いた。
仁を裏切った自分は、彼の元に戻る資格なんてないのだから。
そしてこれは、自らが心から望んだ事だった。
これで全てから解放されるはず。それなのに……。
「仁……っ」
何故、涙が流れるのだろうか。
何故、胸が痛むのだろうか。
何故、仁の事を考えてしまうのだろうか。
溢れ出す涙を抑える事もなく、泣きじゃくった。


ビーッビーッビーッ━━━━。

けたたましく鳴り響く警告音。仁は飛び起き、ナーナの所へと駆けつける。
既にそこには医師と看護師がおり、慌ただしく動きまわっていた。
「血圧の低下が止まりません!!」
「極めて危険な状態です!!」
それは容態急変を意味していた。心電図のモニターの波形が弱々しい。
「ナーナっ!!」
仁はベッドサイドに駆け寄りナーナの手を強く握った。
「こ、呼吸が停止しました!!」
「ナーナっ!?ナーナ━━っ!!」
息をしろと頬を叩き刺激を与え呼吸を促す。だがすぐに呼吸は戻るが、また止まった。
「頭首。非常に言いにくいのですが、万が一の場合の覚悟をお願いいたします」
「!!!」

静かに医師から発せられた言葉。

それが意味しているのは━━━━。

万が一などあってたまるものかと必死にナーナを呼び戻そうとする。


ビーッビーッビーッ━━━━。


だが無情にも、何度目かの警告音が鳴り響いた。


ナーナさんはまだ目覚めないらしい。もう一ヶ月だ」
「……」
東郷の言葉にラースは何も答えることは出来なかった。
目を閉じると思い出すあの出来事。
ナーナの胸に深々と突き刺さったナイフ。鮮やかな赤色が、身体に、床に広がってゆく。

全身で拒絶された。もう触れられるくらいなら死んだほうがましだと、追い詰めたのは━━━━。

「おいラース聞いているのか?」
「ああ……」
気のない返事。
三島財閥の軍病院の駐車場。車の中から特別室の窓ガラスを見つめる。
近くて、遠い場所。
「東郷。例の計画は延期してくれ」
「そうだな。その方がいいか」
東郷はラ−スの気持ちを汲み取り同意した。本心を言えば反対だった。
今計画を実行すれば、高確率で目的を達する事が出来るのだから。

「何だか慌ただしいな」
特別室のカーテン越しの影が慌ただしい動きをしている。
何かよくない事が起こっているのではないかとラースの心に不安が過る。
「おいラース大変だ!!」
「どうした東郷?」
「ナーナさんの容態が急変したらしい。今危篤状態に陥っているそうだ」
特別室の警備に就いている仲間の鉄拳衆からの連絡だった。
「何故だ!?手術は成功して目覚めるのを待つだけだっただろう?」
手術の結果ナーナの命が助かったという事を聞いて、少しだけ安堵していた。
後は目覚めるのを待つだけだと。
「ラ−ス落ち着け!俺達にはどうしようもないだろう!?」
「東郷……」
「俺達に出来ることは、最悪な事態にならないように祈ることだけだ」
「…………」
特別室の窓を見つめ続けるラ−ス。まだ言いたい事はあったが、それは心にしまうことにした。
「そろそろ時間だ。行くぞラ−ス」
「ああ……」
東郷は静かに車を発進させた。



不知夜月