【9.忍び寄る影】
誰かに見られている━━━━。
誰なのか分からない自分を見張っている視線。通勤の往復、休日の外出、どこにいようともそれは感じられた。
いつから視線を感じるようになったか思い出してみると、それは“あの日”を境に始まっていたように思えた。
だが“あの日”以来ナーナは仁に会っておらず、数ヶ月が経っている。
「……得体がしれないから気持ち悪い」
嫌な予感を感じたナーナは、仁の携帯に連絡をした。だが携帯は繋がらず、ナーナは留守番電話サービスに伝言を残した。
結局仁から連絡が入ったのは3日後で、『夕方に代理を行かせる』とのことだった。
(仁には会えないんだ。でも仕方ないよね、彼は巷で話題の人だからね)
仁に会えないことをナーナは残念に思った。
その日定時で仕事を終えたナーナは、社員通用口を出たところで声をかけられた。
「?」
誰だろうと声の方に視線を向けると、体格のよい長身の青年が立っている。
(確か、ラースさんよね?三島財閥の鉄拳衆だって仁が言ってた……)
突然現れた三島財閥の特殊部隊の隊長に、ナーナは目を丸くする。
驚いているナーナに笑いながら、ラースは頭首の代理として来たのだと言った。
「話しは頭首から伺っています。少し歩きませんか?」
歩いて様子を見たいとラースはナーナの手をとる。
「!!」
戸惑いながらも彼に言われるまま、ナーナはラースと夜の繁華街に繰り出す事になった。
週末という事で、繁華街は大学生らのグループやサラリーマンらのグループで賑やかだ。
「すごい人!」
「週末ですからね」
初めはぎこちなかった二人だったが、ラースの気さくさも手伝い時間が経つにつれて親しくなっていた。繋がれた手が気にならない。
「見てあの二人美男美女って言葉がピッタリ!」
「男の人はモデルさんかな?」
通り過ぎる人達の囁きが耳に入って来る。それらの殆どは好意的なものだった。
(えっ?ラースさんとカップルに見られているの!?)
急に意識してしまい何だか恥ずかしくなる。
「俺は気にしませんよ」
そんなナーナの様子を気遣うように、ラースは爽やかに笑った
ラースは時折携帯電話で━━仕事のことだろうか━━難しい話をしている。
三島財閥の特殊部隊の隊長という立場上忙しいはずだ。
自分の為に時間を割いてもらっうことに、仁やラースに何だか申し訳ない気持ちになってしまった。
繁華街の中心にあるきらびやかな商業ビル。二人はその一階にあるカフェバーに入った。
テーブル席が4席とカウンター席が8席のこじんまりとした店は、照明や壁紙、家具など、落ち着いた雰囲気を感じさせる。二人はカウンターに座った。'
「会社を出てから、数人の男が俺達をつけていました」
ラースは視線でナーナに教える。二人の座っているカウンター席の後ろ、テーブル席に若い男が座っていた。
「どこの手の者かわかりませんが、ナーナさんは見張られています」
「私が!?どうして……」
「ナーナさんが三島財閥の頭首と関係があるという事を第三者が知った。……そういう事です」
「……」
ラースの核心を突いた言葉にナーナは俯いてしまう。
いつ知られたのだろうか?
彼に助けられた時。
それとも彼がナーナのマンションを訪れた時。
第三者の登場は、三島財閥頭首になった風間仁という男の置かれている状況をナーナに教えることとなり、それと同時に風間仁と付き合うことの難しさを知ることになった。
「ご迷惑をおかけしてすみません……」
仁と自分が再会したことによって更なる負担をかけてしまった。大変な時期なのに申し訳ない思いにかられていた。
「ナーナさんは悪くありませんから謝らないで下さい。むしろよく気がついたのだと俺は感心しています」
「えっ?」
「ナーナさんを見張っている彼らは、特殊な訓練をしている者たちです」
よく気が付いたものだとラースは感心したようにナーナを見つめる。
「そんな……」
ラースの言葉にナーナは頬をかあっと赤く染めた。
仁は瞳を閉じてラースからの報告を聞いていた。
「ナーナさんに数人の見張りがついているのを確認しました。恐らくG社の手の者と思われます」
「……一八か」
仁は苦々しくその名を呟いた。
三島一八。G社を裏で操りながら、三島財閥頭首の座と息子である風間仁の命を虎視眈々と狙っている冷酷無比な男だ。
自分と関係を持ったナーナを狙い、おびき出す為に彼女を使う事はかなりの確率で予想出来る。
「今は様子を見ているだけでしょうが、もしナーナさんが一八に捕らえられたら……」
確実に三島財閥に相応のダメージを与える事になる。
「困った事に、ナーナさんはあなたのアキレス腱ね」
ラースの話しを聞いていたニーナは、ぽつり呟いた。
「……とにかくナーナをG社に渡す訳にはいかない」
ナーナが自分のアキレス腱になっている事を、仁は自覚していた。
「ラース明日の夕方までに車を用意してくれ。普通車で構わない。それから……」
仁はラースに細かい指示をする。
「了解しました」
それらを完璧に理解したラースは、準備のために執務室から出て行った。
「仁?」
「ナーナをひとまず連れて来る。ここにいた方が安全だ。それに、きちんと話しをしなくてはならないからな」
ニーナの呼びかけに仁はそう答えると、携帯電話を取り出しリダイヤルを押しながら執務室を出て行った。
「さて、これから忙しくなるわね」
執務室に一人残ったニーナは、これから起こりうるすべての事柄について考えを巡らせた。
三島財閥頭首風間仁と七瀬ナーナが結ばれた事によってそれはゆっくりと動き出す。
三島財閥とG社の戦いは新たな局面を迎えようとしていた。
不知夜月