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「はい」
「何ができるの!?いつから使えるの!?」
「物を浮かせたりとか」
「見せて!どんなの?モブくんと同じなのかしら!?」
煎餅を浮かせて見せた花厳にトメがますますにじりよって行く。茂夫はというと肉改のランニングの自己ベストを数メートル記録したところで倒れ、部長により運ばれてきたところだった。椅子に座って虫の息ながら、なんとか水を飲み干す茂夫の隣で犬川が囁く。
「御笠守さんも超能力者だなんて、世間て狭いな」
ふと、黒酢中の彼を思い出す。自分以外の超能力者との初めての邂逅だった。落武者のようになってしまった彼はどうしているだろう。
「隣に可愛い子が転入してきたって噂になってたもんな」
「そうなの?」
「何だよ、知らなかったのか?御笠守さん結構可愛いじゃん。だから2組のやつらテンション上がってるんだよ」
肉体改造部の同学年の佐川も確か2組だったはずだ。彼からそんな噂を聞いた覚えはなかったけれど、きっと彼の事だからそんなに気にしていないのだ。煎餅の次に湯呑みを浮かせ始めた花厳の顔を見る。確かに、可愛いと思う。大きな黒目が時々夜明けの色に透けているように見える。にこにこしていて、明るい感じだ。茂夫の想い人とはまた違った雰囲気ではあった。
「御笠守さんはどうしてここに?」
「お前と一緒に帰りたいらしいぞ」
「ええっ」
花厳を窺うと目が合い、彼女の笑顔が華やぐ。少し冷めていた熱が再び込み上げてくる。そんな茂夫を犬川が小突く。
「例の、なんとか相談所に行くんだろ?」
「あ、そっか……」
「お前んとこの部長もそろそろ戻ってくるだろうし、早めに着替えてもいいんじゃないか?ほら、待ってるし。……なあところでモブ、知ってるか?」
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霊とか相談所の近く。マンションと商業ビルが複雑に入れ組んだ場所の、小さな踏切。
犬川の話ではこうだ。
"踏切を渡ろうとすると、誰かに足を掴まれる"。
都市伝説のような類いの話なのかと思えば実際にここを通って下校する生徒が掴まれたのだという。駅が近いからか中々開いてくれない踏切であり、基本的に歩行者用の遊歩道があり多少の回り道をしてもそちらを使う方が早いらしい。掴まれた生徒達は皆、たまたま開いた踏切を渡ろうとして掴まれたらしい。
師匠である霊幻に一応報告したが「ボランティアじゃないから」と断られ、しかし「今日は予約入ってないから好きにしていいぞ」と言われたので踏切に立ち寄ったのだ。
ああ、とモブは線路の隅の、鬱蒼とした茂みの中の黒い影を見つめる。あれが原因なのだろう。
「一応除霊、した方がいいかな」
踏切内で足を掴まれるのは怖いだろう。カンカンカン、と甲高い警告音の後に電車が行き交う。黒い影は動かない。隣の花厳を見ると霊をじっと見つめている。遮断機が上がり、踏切が僅かの間開放される時間のスタートを意味した。
踏切内に歩を進めても霊は少しも動かない。除霊しやすいな、と茂夫の手よりも早く、花厳が霊に手を伸ばしていた。
「掴まって」
掴まって?
「ここは危ないよ」
もやのような黒い影が輪郭を取り戻す。はっきりと人の手の形をしたそれは花厳の手を握り締めた。カンカン、と警告音が鳴り響く。
「御笠守さん、電車が来るよ」
「うん!あっちに行こう」
そう言うと、黒い手をしっかりと握り返して引き上げた。もやが人の形になる。彼女は黒い人影に肩を貸すように踏切を向こうに歩いていく。遮断機が下りそうになって茂夫も慌てて踏切を越えた。
花厳の白い手が黒い影の輪郭を撫でると、みるみる内に、まるで生きているような、それが生前であろう姿に変わっていく。よく見る一般的な霊の姿よりもほとんど人と変わらない姿になった霊は老婆だった。
「大丈夫?」
『うっ、うっ……!』
泣き崩れているその霊に花厳が寄り添う。「足が、足が」と繰り返す霊に茂夫ははっとした。多分、不運にも挟まってしまったのだ。杖を手にしているこのお婆さんは、そのまま動けなかったに違いない。運転手にはきっと、手入れの行き届いていない草花のせいでお婆さんの姿が見えなかったのだろう。道連れにする為ではなくーー助けを求める手。
「怖かったねえ。もう大丈夫だよ、ここなら電車は来ないよ」
『ありがとう、どうも、ありがとう』
「一人でいける?」
『いけます、助けてくれてありがとう』
老婆の言葉が茂夫の胸に刺さる。老婆は花厳に何度もお礼を言いながらゆっくりと消滅していった。キラキラと空に向かって吸い込まれるようなそれは、茂夫には見たことがない光景だった。
雲一つない夕空を花厳が仰ぎ、茂夫もそれにつられた。「あ」、と花厳が零す。
「もう星が出てる」
「どこ?」
「ほら」
彼女の白くて細長い指の先を追うと白い、小さな穴のようにそれはぽつんと空に浮かんでいた。ね、と笑う花厳は話しているだけで嬉しそうに、楽しそうに振る舞う。自分もこんな風にできたら、と茂夫は少し羨ましく思った。
「御笠守さん」
「花厳でいいよ」
「……か、花厳ちゃん」
「うん?」
「花厳ちゃんはすごいね」
霊を助けるなんて。霊が納得して成仏するなんて。生きている人間と霊の区別がつかない彼女には、それは当たり前のことなのかもしれない。困っていれば助けてあげたいと思うのかもしれない。
「えへへ、初めて言われた」
嬉しそうに柔らかく笑う花厳に安堵や羨望を抱く。
全ての霊がまともな人間の形をしているわけではないのに、生者との区別がつかないなんてもしかしたら茂夫よりもずっと霊感が強いのかもしれない。霊に話しかけられたら応えている。ついてきそうな霊に手を振って「また明日」、と笑う。不思議な子だと茂夫は思った。霊は皆等しく、時折悪霊と化す者もいるが彼女のように霊に親しくする人を見たことがなかった。本当にまだ生きているように、生きている人と変わらないように扱っている。
彼女にはこの世界はどう見えているのだろう。
僕よりもずっと、多くのものが見えているんじゃないだろうか。
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