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退職して、妻と二人で暮らした。猫もいたんだ。妻が拾ってきてね、私達には子供がいなかったから。それはもう可愛がって。ある日その猫が亡くなったんだ。妻の悲しみようといったら、可哀想なくらいでね。そうしている内に、妻が……施設に入る事になったんだ。わかるかい?私の方が歳上でね、とてもじゃないが家で二人きりというのは心許なかった。寂しくないようにと毎日通ったよ。妻はもう私の顔はわからなかったみたいだが私達の若い頃の話をよくしてくれた。まるで今の私みたいにね。そうして、妻も寝たきりになって私はーーそう、妻の好きな花を買いにここを通って。
ふ、と老人がする必要のない息を吐く。
全部思い出したよ。ありがとう。そうだった。妻に会いに行かなければ。彼女は寂しがり屋だからきっとずっと待っている。
そう言った老人の体がほどけるようにして光を帯びていく。
話を聞いてくれてありがとう。やっと逝ける。それを最後に老人の体は天に溶けた。
「あれ」
老人が消えた先の上空に、発光体が見えた。何だろう。星でも衛星でもない。動いている。そしてそれは真っ逆さまに猛スピードで墜落した。遠くから何かが壊れる音と、強いエネルギー派を感じて花厳はすぐにその方向へと走り出す。
肌で理解した。超能力だ。花厳の知る超能力者はたった一人しかいない。彼は一度、花厳の前で机を浮かせてみたきりだったがーーその時とは比べ物にならない強烈なエネルギーだ。
ビルの間からそれらしき破壊された建物が見えた。既にできていた野次馬も更なる破壊音にどんどんそこから離れていく。そこに辿り着くのは容易だった。破壊されたビルの隙間に、他校の生徒がたくさん集まっていた。その中心に見知った人物が立っている。
「モブ君!」
花厳の声に他校の生徒が振り返る。背の高い彼らをかき分けて窺った茂夫が失神しているのはすぐにわかった。怪我をしている。花厳が両手を翳すと茂夫の体は柔らかな光を纏う。
「彼から離れろ。まだ近付くのは危険だぞ」
「お前は黒酢中の……!!」
やってきたのは近隣の中学の生徒だ。とても特徴的な頭頂部の少年の傍らには緑色の霊も見えた。が、今はそっちに気を取られている場合ではないのだ。
「彼をここまで追い詰めるなんて信じられない……只者じゃないな。そして君は?」
「モブくんの友達」
「モブ……?へえ、治癒能力かい?……すごいな初めて見るよ。そうだな、とりあえずここを離れようか。人目がありすぎる」
「でもまだ怪我が」
「僕の家に行こう。そこで治癒するといい。影山くんは僕が運ぼう」
そう言った少年は目立たないように茂夫に念動力を当てほんの少し浮かせると肩を貸した。
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「家が近くてよかった」、と言った少年は花沢 輝気と名乗った。緑色の霊はエクボ。何が起こったのかを聞きながら花厳は茂夫の傷を治癒していく。
「驚いたな。あっという間に治ってる」
「テルくんはできないの?」
「できないよ。超能力もいろいろさ」
制服から私服へと着替えた花沢の青みがかった瞳が茂夫の顔を覗き込む。「大丈夫そうだな」、と細められた目にどんな意図が含まれているのか花厳にはわからない。
「君はなぜあそこに?」
「モブ君が飛んでるのが見えて走ってきたんだ。すごいね、あれモブくんの超能力?」
「ああ。……まあ、それでも本気じゃなかったはずだけどね」
「わっ」
頬の細やかな傷も治しきり、花厳が手をどけた瞬間に茂夫の瞼が開いた。
「目が覚めたか?影山」
「……ここは?」
「僕のアパートだ。人を入れるのは初めてだけど。話はエクボ君から聞いたよ」
「よ、ようシゲオ……」
「花沢君……花厳ちゃん?エクボ……。エクボ……なんでいるんだ。どういう事だ。なんでエクボが律と一緒に……?」
「それは……」
「それに、律がさらわれた……エクボ……」
茂夫の右手がゆっくりとエクボの半身を包み込む。
「お前のせいなのか?」
「誤解だ!俺はあんな奴ぁ知らねぇ!」
普段の茂夫からは考えられない程の圧力で睨まれエクボが震え上がる。
「僕は知ってる」
「え?」
「知ってる連中だ。僕も付け狙われてる。数年前からね」
「だから中学で一人暮らしなのか」
「一つ。忠告してあげよう。奴らと関わるな」
「関わるなって……」
「死ぬよ」
「……なんなんだよ……いきなり……」
超能力犯罪者達が集まり結託した組織の名は【爪】。戦力を集め革命を興し世界転覆を目論んでいるのだという。成熟していない子供の超能力者を拉致し洗脳して兵隊に育てるーー花沢の持っている情報だ。花沢が言うには花沢自身を拐おうと襲いかかってきた組織の人物に聞き出したのだという。「念入りに懲らしめてやったけどね」、と続けた花沢に茂夫が顔を上げた。
「そうだよ。そうやってやっつければいいんだ。律を助けに行く」
「落ち着きなよ。【爪】の組織力も知らずによく退治なんて言えたものだな」
尚も行こうとする茂夫の肩を花沢が引き留める。
「死にたいのか?」
「いや全然」
「だったら落ち着けよ」
「勝てると思うから」
花厳でさえ茂夫のエネルギーを察し、肌がピリつくのがわかった。茂夫の様子に花沢が深く息を吐く。
「100人以上の超能力者を相手にか?」
「嘘だろ?」
「人工的に超能力を開発しようとしている施設は世界各地にたくさんある。だが、その実験を成功させたのは世界でも【爪】だけだ」
「人工的に?普通の人間に超能力を植え付けることができるのか?」
「……僕ら生まれついての超能力者"ナチュラル"より精度は劣るが……ナメてかかると数で簡単に潰されるよ。過去に囲まれたこともある。でもどうしてキミの尾頭となんだろうな……何か心当たりはあるのかい?」
「……さっぱり見当もつかない……」
「あ!そういえば!実は他にも中学生でお前らと同類(弱いけど)が集まる研究施設があるんだ!律も最近そこに通ってたんだ!」
茂夫がピクリと反応する。そこから漏れたのろうと結論付けた花沢の提案に、エクボが案内を買って出た。
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