校庭にて



今日の予報は俄か雨だというから傘を持っていったのに結局使わなかった、と気付いたのは帰路の途中。学校と家の丁度中間の当たりだった。はて、手元に傘がない。嘘だろ忘れてきた。これで月曜日が晴れならこのまま帰るのに生憎向こう三日間は雨の予報だ。傘は一つしか持っていないし買うお金は勿体ない。仕方ない。学校に取りに帰るしかない。重い曇天を見上げてなぜ忘れてしまったのかという自責をする。普通こんな天気なら忘れないだろうに。今日の晩御飯何にするか考えながら下校したのがまずかったな、と原因を突き止めつつ学校へと向かう。道中、学校の方面で何かが飛んでいたような気がしたがよくわからなかった。鳥の大群でもいたのかな、なんて雲の切れ間から覗く日差しを受けながら校門を抜けた。

「下半身強化月間だからな、今日もスクワットだ。大丈夫か?影山」
「頑張ります」

でっかい集団とすれ違った。何、どこの軍隊?ボディビルダー?でも服装は他校の体操服だ。高校生にしても大きすぎる。いや、あれ塩中の体操服では?中学生?なぜ塩中の生徒がここに。いやそれより何あの体格。疑問で頭がいっぱいになりすぎてうっかり花壇に躓くところだった。今日は変わったものたくさん見るな、と思っていたら目が合った。

「あ」
「……は?」

目が合うなりガッチリ固まったそれに釣られて私も身動きが取れなくなった。見知った顔だ。大変よく見知った顔だ。一年の時から同じクラスなんだからよく見知っているはずのやつなのに全然見たことない姿になっている。なぜ全裸。辛うじて局部は手で隠しているが、なぜ校庭で全裸なのか。そしてなぜ頭頂部の髪の毛がないのか。いつも弄っている前髪はどうした。まじまじと見ても理由も原因もわからない状況に「うわ……」と声が出てしまった。あのいつもの華やかかつ傲慢な顔が今や青ざめて俯いている。落武者のような様相の花沢が見たこともない乾いた唇を開いた。

「…………笑いたきゃ笑いなよ」
「……ま、待って。いや、ここじゃだめだ。とりあえずこれ着るとか隠すとかして」

差し出したブレザーをすんなり受け取った花沢は自らの肩に羽織る。うん、そりゃあ私のブレザーでは隠したいところは隠せてない。奴の手を引いてささっと校舎の影に隠れる。誰もいない事を確認してから茂みに花沢を押し込んだ。

「ここにいて。すぐ戻る」

その頭と顔でぽかんとするな。下駄箱で上履きに履き替えるのも面倒臭くて靴下のまま階段を駆け上がる。教室の前のロッカーの中から袋を引っ張りだして来た道を駆け下りた。いつもより体を小さく縮め、言われた通りに静かに待っていた花沢に持っていたそれを掲げる。

「これ着て。私のジャージ」
「は?」
「いや綺麗だから。洗濯してから着てないの置いてたの」

花沢は袋から取り出した私のジャージを受け取り黙り込む。女子のジャージなんか着れないってか。

「……君、僕の事嫌いじゃなかったっけ。全裸の男子に自分のジャージ着せるなんて勇気あるな」
「全裸の男子を放っておく方が勇気あるでしょ……それに好き嫌いが何の関係あんのこの場合……風邪引くよ。後ろ向いてるから早く着なよ」

背を向けると衣擦れの音。素直に着始めたらしい。一体何があったかは知らないが相当堪えているらしい花沢にいつもの覇気はない。覇気はないどころか憑き物が落ちたかのようだ。ファスナーの閉まる音を確認して振り替える。性別で違うジャージじゃなくてよかった。なんとか全裸は免れた花沢がブレザーを返してきた。こんな時でも香水の匂いがした。

「ちょうどタオルもあるからこれ巻くといいよ。いや使ってないから。何だその顔は」
「……別に」

タオルを頭に巻くと先ほどの隠したい部分は全て隠せたようで、まあいつもの花沢ではないことには変わりないが多少の違和感はこの際しょうがない。青みがかった瞳がじっと見つめてくるから居心地は悪い。何を疑ってるんだこいつは。洗ってるって。

「うわそういや裸足だ。上履き履いて帰りなよ……ジャージとタオルは月曜日返してくれたらいいから」
「……わかった」
「じゃあね花沢」

踵を返し、学校を後にする。家に帰ってから目的の傘を忘れた事に気付くのだった。




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