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いつも何処かをぼんやりと見つめるという少し変わった癖のあるカザリの隣にいて分かったことは、彼女は私が思っている以上に間が抜けていて、お喋りで、それから予想を遙かに上回る程の不思議さを持っているということだ。
そのお喋りな彼女は少し早めの夕食をハッフルパフの一番端の席で私ととりながら、彼女が愛してやまないらしい家族の名前を何度も何度も口にする。それでね、と外見通りのゆっくりとした柔らかな口調で話す彼女は、私の頭をトムとやらで埋め尽くすつもりなのだろうか。箒に乗るのが上手くて頭が良くて朝は毎日起こしてくれて、いまは手紙に必ず花を添えて送ってくれる彼の名が出ない日は、彼女が一人で朝から寝癖を直し、なおかつぴんしゃんと背筋を伸ばし聡明そうな顔をして真っ直ぐ前を見据えて歩く日が来ないように、それも来ないのであろう。現に私は、彼女の隣で食事をすると必ず彼の名を耳にするのだから。


「あのね、あのね、トムがくれたライラックの花はね、とっても落ち着く匂いがするの。だから今度、ミネルバにもあげるね」

「ありがとう」

「うん、どういたしまして」


力のぬける笑みを浮かべる彼女に、私は脱力からか口元がゆるんでしまう。それを悟られまいといつも慌てて口元を引き締めるが、きっと彼女は気付いているのだろう。そんな私をみてますます笑みを深くするのだから、たまったもんじゃない。


「あまり私ばかり見てると、目の前のスープが逃げるわよ」

「えっ、やだ、やだ。早く食べなきゃ」

「……危なっかしいから私がするわ」


慌ててスープを装うとした彼女の手からスープ皿を半ば奪うような形でとって、私は彼女の更にミネストローネを掬ってやる。すると彼女はまたトムみたいだとその名を口にして笑みを浮かべるのだから、そのトムとやらは毎日この笑みを飽きるほどに見ていたのだろうと考える。そもそも、彼女があんまりうれしそうにその名を口にしているところを見ると、飽きるも何も無いとは思うが。
聴き慣れない鼻歌を歌いながらスープを掬うカザリを横目に、私は不意に視線を感じて顔を上げる。それはどうやら同じハッフルパフのテーブルからだったようで、その視線の持ち主はカザリの視線の先を見つけるよりも随分と早く見つかった。


「ミネルバ、食べないの?」

「食べるわよ。カザリ、そこのお皿とってくれる?」

「うん。はい、どうぞ」

「ありがとう、でもごめんなさい、これじゃなくてサラダの方を指してたつもりなんだけど」

「あれ?ごめん、ごめん」


へにゃりと笑ったカザリに呆れたように笑えば、彼女は私の瞳よりも少し上を見て首を傾けて目を細めた。私の額を見ているのか、それとも私の向こう側を見ているのか。彼女の視線の先を一度で言い当てるのは、変身術でぼろ雑巾をシルクのスカーフに変えるよりも難しいだろう。見られているのかいないのかが分からない額が、少しくすぐったい。
ぎこちなくサラダを取り分ける彼女から目をそらし、確かめるように振り返る。深い藍色の瞳はつまらなさそうに頬杖をつきながら向かいに座る二人の生徒の話に耳を傾けていて、時折小さく笑いながら相槌を打っていた。そして、思った。彼もまた、私を鉄面皮呼ばわりする女子達と同じようにつまらない人間なのだと。もっとも、最近はなぜだかそのような陰口は減ってはいたが。


「はい、ミネルバ」

「あ、ありが、……カザリ、トマトだらけじゃない」

「え?だって、トマト、美味しいから」


美味しい美味しくないではなく、私はトマト以外も食べたいのだけれど。
不思議そうに目を丸くするカザリにそんな言葉は口から出るより先に喉元でどんどん萎んでしまって、私はとうとうそうね、とだけ言って赤で埋まった皿にフォークを向ける。そんな私に満足したのだろう。カザリは口角を上げながらスープを口にした。
ちらり。藍色の彼を振り返る。周りに合わせて適当に笑う彼は、やはりつまらない人間に見えた。






明日の休日はどう過ごすのかとミネルバに訊くと、彼女は図書室、と一言だけ答えて、私は思わずそそくさと逃げるように彼女と別れた。その言葉の意味が予習復習そしてレポートということに、医務室の一件からそれほど日の経っていない私でも理解出来る。実際にしもべ妖精をこの目で見たことはないが、彼らが働くことを生きる糧とするように、彼女は図書室で教科書や参考書を開くことが楽しくて仕方がないのだろう。一度だけ彼女について図書室に行ったことがあるが、仕事があまりに忙しく家に仕事を持ち帰り机に向かう父さんよりも強い眼差しを彼女はそれらに向けていた。分からないことだらけの私が質問をしようものならば、私はその眼差しに寿命を一年吸い取られるのではないかと、真剣に考えた。ミネルバのことだから、きっと分かりやすく教えてくれるのだろうけれど。あまりにも彼女が真剣だったものだから、それはまだ確かめられていない。


「何しようか、なっ」


そして私は、勿論それを試す度胸もない。
朝食を取り終えてミネルバを図書室へ送ってからの帰り道、行く宛のない私は廊下にあった小さな水溜まりをぴょんと飛び越えながら呟く。吹き曝しのせいだろう、今朝はやくに通り過ぎていった雨雲の置き土産を振り返って、私はそれをのぞき込むようにしゃがみ込んだ。そこに映る私の前髪はひょこりと跳ねていて、お気に入りのラベンダー色のカーディガンの袖ををぐっと引っ張りながら前髪を撫でつけた。
寝癖を直す魔法、あるのかな。ぼんやりと考えながら、再度水溜まりをのぞき込む。そこにはやはり跳ねた前髪の私が映っていて、思わずつま先で小さな水面を蹴って揺らした。ぱしゃん、と飛沫が跳ねた。


「おっ、カザリじゃん。なーにしてんのっ」

「わっ」


すると突然背中にぐりぐりと何かを押しつけられて、私は慌てて地面に手をつけた。危うく水溜まりに膝をつくところだったため、そうならなかったことに胸をなで下ろす。


「あ、水溜まりがあったのか。悪い、濡れなかったか?」

「だ、大丈夫です。なんとか」


悪い、と言いながらも私の背中に膝を置くようにしている彼は、本当に謝る気があるのだろうか。くすんだ赤毛とグレーの瞳を持つ、私と同じハッフルパフの上級生である彼は、私がマルフォイにホットミルクをかけられて以来こうして私を見つける度に話しかけてきてくれる。そして、その時私を医務室に連れて行ってくれたレイブンクローのタイラー先輩もまた、彼のように時折私の前に現れては、怪我はどうだとか授業にはついていけているかだとか、まるで飛ぶ練習をする雛鳥を見つめるかのような眼差しで私に問いかけてくるのだった。
だが、私は今もなお私の背中に膝を乗せる彼の名は知らないままだった。そもそも、タイラー先輩の名も彼が呼んだから知っているだけだった。


「どうだ?うまくいってるか?」

「うまく、うまく?」

「ほら、グリフィンドールの子とだよ。今日は一緒じゃねえの?」

「あ、ミネルバは図書室です」

「ふうん。カザリは行かねえの?」

「……勉強、苦手です……」

「……おお」


確かにそんな感じだな、と言う彼の胸には、タイラー先輩がつけていた監督生のバッジはない。だからきっと、彼は私の言葉に共感したのだろう。背中から離れた膝と、私の両脇に手を入れてゆっくりと抱き上げるようにして立たせたそれがあまりにも優しかった。


「勉強、嫌だよな……。わかる。すっごくわかる……」


ぽんぽんと頭を撫でられて、ついでに前髪を撫でつけられる。彼もひょこりと跳ねた前髪が気になったのだろう。何度も何度も前髪を撫でつける大きな手に、私は彼の着るグレーの薄いサマーセーターをぼんやりと見ながらその感触を味わった。父さんの手よりも少し華奢だが、骨ばったそれはよく似ている。


「勉強で分からないことがあったら言えよ。俺が教えて、やりたいけど、俺の友達が教えてくれるから……」

「先輩は、先輩は教えてくれないんですか?」

「うん、ひ、飛行術なら、出来ますよ」

「飛行術?わあ、私、飛行術教えて欲しいですっ」

「えっ、まじ?まじで?やっべえ超うれしい!何この食いつき!」


思わずぴょんと跳んで両の手を上げれば、先輩である彼はそんな私の手をつかまえてぶんぶんと勢いよく上下に振った。箒で飛べるには飛べるのだが、トムに後ろには乗りたくないと言わせたのが私である。きっととんでもないものなのだろう。それ故に、彼の申し出はとても嬉しい。何せ、初めての飛行訓練の授業で先生から慌てて止められたくらいなのだから。あの時の先生の必死な顔は、私が母さんお手製のプディングの入ったバスケットを箒の柄に引っ掛けて飛ぼうとした時のトムによく似ていた。それから、もう一度飛ぼうか、と初めて私の後ろに乗ったトムに問いかけた時の顔にも。とてもいきおいよく首を横に振られるなんて、あの時は思いもしなかった。


「いやあ、シーカーやってて良かったー。俺、飛ぶのだけは上手いんだぜ!今度箒持ってきてやるから、練習しような!」

「しますっ、しますっ」

「うん、うん。いやあ、弟は全然慕ってくれねえけど、カザリは良いなあ……」


ぴょんと再度飛び跳ねた私の手をぎゅうっと握りしめながら、先輩は弟とやらに思いを馳せるように廊下の天井を見上げた。グレーの瞳はとても綺麗で、私はその瞳をみつめる。ゆっくりと私に下ろされた瞳は、長い睫毛で陰が出来てもやはり綺麗だった。


「ん?俺の顔、なんかついてる?」

「グレーの目が二つ」

「……おお、そうだな」

「とっても、とっても、綺麗です」

「……ぐあー!カザリ!お前何でなかなか友達出来ねえの!?今年の一年意味分かんねえ!」


ぱっ、と手が離れたかと思えば、そのままぎゅう、と大きな手が背中に回り、思い切り抱き締められた。彼の不思議な叫びの意味は分からないが、彼の瞳と同じグレーのサマーセーターからはマグルのお店で嗅いだことのある香水とよく似た匂いが仄かにして、私は自分のラベンダー色のカーディガンの袖を見下ろした。きつく抱き締められながら、どうにか腕を上げて袖口を鼻にひっつける。すん、と息を吸い込めば、袖口からは私のベッドの脇にあるライラックの匂いがした。
トムのセーターを送ってもらえば、トムと一緒にベッドにいるような気分になれるだろうか。


「はぁー……俺幸せだ……。カザリさん、アンドリューさんは今とっても幸せです」


そうだ、今度トムの匂いがするものを送ってもらおう。そしたらきっと、くすくす妖精はぱちんと消える。マルフォイの薄い唇だって、嫌な言葉を囁かない。
不意に出た先輩の名をぼんやりと聞きながら髪をぐしゃぐしゃに撫られつつも、私はそんなことを考えこっそりと鼻を隠した。小さな声で変な顔、とマルフォイの口が耳元で囁き、くすくす妖精を連れて来たことは、気付かないふりをした。






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