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気に入ったものをそこらかしこで広げると無くしてしまうから、とトムに言われてから、私は気に入ったものはこれまたお気に入りの箱や引き出しの奥、鞄に詰め込んでそこらかしこで広げるようにすることは無くなった。多分今のところ、ミネルバが落としたあのデイジーの飾りのついた髪飾り以外、ぼんやりと手にとって眺めるということはしていない。ただ、耳にたこが出来るくらいお前は抜けているから、と父さんから言われていた私に、絶対、という言葉は口に出来ないが。
「………ない」
しかし、少なくとも確実にものを広げるということを減らした筈の私ではあったが、お気に入りのハシバミ色の鞄の中に、いつもはあるはずのものがそこにいなかった。
「何が無いの?」
「うん、うん、あのね、羽根ペンが無いの」
「羽根ペン?あの、大きな羽根ペン?」
ローストポテトをフォークで綺麗に一口サイズに切り分けながら私の顔をのぞき込んだミネルバに、こっくりと頷きながら鞄の中身をテーブルに並べていく。魔法史のやたらと分厚い教科書に、温室のにおいがこびりついてしまった薬草学の教科書。妖精の魔法の基礎呪文集と、ミネルバのように長いレポートを書けないため殆ど減ることの無い羊皮紙。そして、肘をぶつけて瓶を倒しても決して零れないインク瓶。せっかく買ったインクの相棒が、そこにはいなかった。
インク瓶の隣に置いてあるホットミルクからのぼる柔らかな甘い湯気を見つめ、ローブの下で右手の指を左手で撫でる。ローストポテトを一口食べたミネルバがフォークを置いて、私の跳ねた前髪を撫でつけた。
「せっかくミネルバにレポートを教えてもらおうと思ったのに……」
「レポートなんていつでも教えるわよ。それより、後で私が羽根ペンを一つあげるから」
「うん、うん……。ありがとう」
私の手には大きいんじゃないか、と心配していたトムの顔を思い出し、お腹のあたりがきゅうきゅうとしめつけられる。この感覚をなんと呼ぶのか分からなくて、私は教科書を丁寧に鞄に入れながら下唇を噛んだ。家の裏口から通じる丘で見つけた綺麗なオレンジ色の花を、うまく栞に出来なかった時によく似ている。
「朝から何広げてんだ?」
そんなことを思い出していると不意に視界が薄暗くなって、私は基礎呪文集の教科書を手に顔を上げた。ふわふわと香水のような匂いがふってきて、ぱちりと瞬きをする。カナリアイエローのネクタイにくすんだ赤毛は、とても素敵な組み合わせに思えた。
「アンドリュー先輩」
「おう。朝から何やってんの」
グレーの瞳が細められたのを見て、私は膝に置いた鞄を見下ろす。それから顔を上げて彼の後ろを見ると、そこにはアンドリュー先輩の友人で同じハッフルパフであるダークブラウンの髪と瞳を持った生徒、ニコラス先輩と、それから初めて見るブロンドヘアーとグリーンの瞳を持つ先輩がいて、私はまた瞬きをした。ブロンドヘアーの彼の首もとには、緑色があった。
隣に座るミネルバの鼻が、つん、と前を向いた。彼女が何を思っているのか、私には分からない。
「あの、あの、羽根ペンが、なくなりました」
「羽根ペン?何で」
「……分かりません。多分、落としたんだと思います」
段々小さくなっていく声に比例して、私の視線も下の方を泳いでいく。基礎呪文集を握る手はミネルバのように綺麗ではなく、そしてアンドリュー先輩のように大きくもない。もしかするとあのハシバミ色の大きな羽根ペンは、私よりも素敵な字を書いてくれる手の持ち主のもとへと飛んでいってしまったのかもしれない。
お腹のあたりがまた締め付けられて、私はたまらずミネルバの皺一つないローブに手を伸ばす。それにすぐさま気付いたミネルバは、黙って私の手を包み込むようにして撫でてくれた。
「羽根ペン、羽根ペンなあ……。ニック、お前持ってる?」
「持ってない。けど、羽根ペンならお前持ってるだろ。なあ、アル」
そう言ってニコラス先輩が振り返ったのはスリザリンの彼で、アルと呼ばれた彼は肩にかかる程の少し長めの髪を揺らしながら右手でローブのポケットをまさぐった。そして出てきた鳶色の細身の羽根ペンを一度くるりと回して確かめるように見つめ、私の方へと一歩歩み寄る。アンドリュー先輩の後ろにいた彼であったが、彼の長い手足には何てことのない距離だったらしい。
流れるような動きで、アルと呼ばれた彼は私の前に羽根ペンを差し出す。ミネルバの鼻が、またつんと前を向いた。
「はい、あげる」
「え、え、でも、」
「この間、面白いもの見せて貰ったし。そのお礼」
今の今まで無表情だった彼の顔が悪戯ににっと笑ったが、面白いものの意味が分からなかった私はどうすれば良いのか分からず、いつの間にか指を絡めるようにして繋いでいたミネルバの手を握りしめることしか出来ない。すると彼はそんな私に気付いたのだろう。ミネルバと繋がれていた私の手首を掴んで無理矢理引き離すと、そのまま私の手に羽根ペンを握らせて、私と視線を合わせるように腰を折った。ミネルバの顔が、思い切りひきつる。
「額、腫れなかったか?」
「え?…あ!」
「ふ、ごめんなさようなら、だっけ」
耳元で小さく囁かれた言葉に廊下で笑っていたスリザリン生を思いだし慌てて鼻を手で隠せば、彼はそんな私の額をそろりと撫でて離れていく。それに顔をひきつらせたのはミネルバだけではなく、アンドリュー先輩もだった。
「アルヴィ、お前俺の後輩に何してんの?」
「何って、唾付けとこうかと思っただけ」
「げっ、カザリ、こいつだけは駄目だからな。アルヴィ・エインズワースって言うと、女好きで有名なんだ」
「違う。僕はただ将来的に僕の伴侶に有望な魔女が好きなだけだ」
「はあー?何ですかー?何言ってるんですかー?それが女好きって言うんじゃないんですかー?」
「誰彼構わずそんなことをしているわけじゃない」
だってほら、グリフィンドールの彼女はスリザリンの僕が嫌いみたいだから手を出してない。
肩を竦めながら彼、アルヴィ先輩がそう言ったので、私は漸く何故ミネルバが顔をひきつらせながら鼻をつんとして前をみているのかが分かった。そうか、グリフィンドールとスリザリンは仲が格別によろしくないのだ。
いーっと歯を食いしばってアルヴィ先輩を威嚇するアンドリュー先輩の肩を呆れたように叩くニコラス先輩の上を見ると、大広間の天井に映る太陽がきらきらと小さな光の粒を降らしていた。それがとても綺麗で思わず羽根ペンを握りしめると、アルヴィ先輩が私を見て首を傾げる。
「カザリ、だっけ?」
「え、は、はい!」
「お礼、言ってくれないの?」
グリーンの瞳が細められて、綺麗な口元は笑みを浮かべる。そこにきらきらと光の粒が降ってきて、隣のレイブンクローの机が微かに沸き立った。
「ありがとう、ございますっ」
「はい、良くできた」
に、と笑った彼にまたレイブンクローの机が微かに沸き立ったので、彼はとても人気があるのだなあ、と、不機嫌そうに紅茶にジャムを落とすミネルバの陰に隠れながら、私はそんなことを考えた。
微かに沸き立つその陰に、ハシバミ色の羽根ペンが見え隠れしていたことを、誰も知らない。
薬草学の温室での作業を終えて、私は妖精の魔法の授業へと急いでいた。ふくよかな体をした背の高い魔法使いであるビーリー先生に頼まれて蔓伸び豆の植え替えを手伝っていると、思いの外時間がかかってしまったのだ。まるで私に触るなとばかりに蔓をぐんぐん伸ばして私の頭をぺしぺしと叩くそれには参ったが、ビーリー先生がこっそりとチョコレートをくれたし、ついでにローブに付いた汚れも杖を一振りして落としてくれたので、それは良しとしよう。私はまだ清めの魔法を上手く使えないのだ。ただ、妖精の魔法の授業に遅れそうなことはいただけない。
ハシバミ色の大きな鞄を抱き締めて、動く階段をどうにか上りきる。弾む心臓を押さえながら教室にたどり着いたのは、鐘がなるほんの一秒前だった。慌てて教室に飛び込んで、先生が来る前にと扉から一番近い席に鞄を置いた。隣に座っている生徒は、ローブを頭からすっぽり被って眠っている。
「はあ……、疲れた……」
ふう、と息を吐き出して、天井を仰ぎながら火照った顔を右手でぱたぱたと扇ぐ。これが変身学だったのなら、隣に座るミネルバがはしたない、とばかりに私を見てくるのだが、今は妖精の魔法である。グリフィンドールと一緒ではない授業に、私は友人のいない寂しさを感じつつも少しばかり安堵した。
控えめなざわめきがほんの少しだけ静まって、教室の奥から小柄な女性がぱたぱたと出てくる。目尻に刻まれた深い皺にかかる真っ白な髪が時折緑やオレンジに光るので、きっと魔法がかかっているのだろう。それがとても綺麗で、彼女、ホワイトリー先生の首筋にかかる短いそれをぼんやりと眺めていれば、ホワイトリー先生は目尻の皺をますます深めながら教壇に立った。
「皆さん、こんにちは。今日も楽しく妖精の魔法を学んでいきましょうね」
「先生、今日も教科書を読むだけですか?妖精の魔法の授業なのに」
「あら、ミスター・クリス、読むだけとは失礼な。きちんと板書もしているでしょう?」
ぱっ、とあがったレイブンクロー生の手にホワイトリー先生の小さな目が不満げに彼に向けられたと同時に、私はローブのポケットにしまいこんだ杖が重みを増したように感じて咄嗟に視線を落とす。親指でポケットを広げて中をのぞき見れば、チョコレートの下からじっと睨みつけられているような気がして、思わず目をそらす。レイブンクロー生の手がしなしなと下ろされているところだった。
ホグワーツ特急の中で初めてスクイブと言われた日から、私はろくに杖を握っていない。妖精の魔法も闇の魔術に対する防衛術も、まだ先生が話したことを羊皮紙に書き連ねるだけで済んでいたからだ。それに、防衛術は早くて二年生、遅くて三年生にならないと呪文は使わせてくれないのだと、名前も知らないブルネットの髪をしたレイブンクローの上級生が廊下で話していたことを聞いているので、私は内心とても安堵していた。
透き通るようなアイスブルーの瞳を細めて試すように私の頭の天辺から脚のつま先まで見下ろした彼の視線に、私のちっぽけな自信は、あの日しゅるしゅると音を立てて萎んでしまったのだ。杖を持つ手が震えたのは初めてで、とても怖かった。笑いながらコンパートメントに引っ込んでいくマルフォイの背中に、いつかのマグルの少年が重なったことを私はよく覚えている。
「ですが、そうですね、今日はやってみましょうか」
こん、とホワイトリー先生が教壇を杖で叩いた瞬間、私は我にかえる。そして見る見るうちに小さなキャビネット棚に姿を変えた教壇に、わっと教室がわいた。
ホワイトリー先生は今、何と言ったのだろうか。探るように周りを視線だけで見回すが、半分腰を上げてキャビネット棚を見る生徒ばかりで事の真相が掴めない。ぐちゃぐちゃに潰された羊皮紙のような心臓が、騒がしく地団駄を踏む。キャビネット棚から沢山の羽が詰め込まれた木箱を出すホワイトリー先生のしわくちゃの手が、童話に出てくる意地悪ゴブリンの手に見えた。
「それでは皆さんに、この羽を飛ばしてもらいましょう。さあ、羽は行き渡りましたか?」
「おい、ヒュー起きろよ、とうとう実技だぞ」
隣ですっぽりとローブに包まれて眠っていた生徒を、その前に座っていた赤毛のハッフルパフ生がゆすり起こす。前から順に配られてきた羽をローブから手を出して受け取った彼は、ローブの下で未だ眠たげにもぞもぞと動いていた。
「はい、ヴィッセル」
「あ、あり、がとう……」
私の前に座っていたストロベリーブロンドのハッフルパフ生が、真っ白な羽を机に置いてくれた。ゆったりとその場に腰を下ろしたその羽は、私なんかの魔法で飛ぶものかとばかりにふわふわと産毛を揺らし、私をあざ笑っているように見える。
「さて、それでは皆さん杖を出して。本当は杖の振り方からじっくりと教えていきたいのですが、今日は早足で行きましょう。杖を構えて、びゅーん、ひょい、ですよ!」
「びゅーん、ひょい、ですよー」
「全然駄目。似てない」
ホワイトリー先生の話し方を真似たらしい赤毛の男の子の腕を、ストロベリーブロンドの男の子が杖でつつく。ホワイトリー先生はゆったりとした歩みでキャビネット棚に近寄って、教室をぐるりと見回していた。
ちらちらと視界の端で、周りの生徒が杖を振るのが見える。私はチョコレートと一緒にポケットに放り込まれていた杖が怒っているような気がして、噛みつかれるんじゃないかとばかりに恐る恐る指を差し入れた。良かった、噛みつかれない。
大人しく私の手に収まった杖をぼんやりと見つめながら、昔母さんが枕元でよく読んでくれた意地悪ゴブリンの話を思い出す。真っ赤なピクシーを手下に引き連れた意地悪ゴブリンは、ある日マグルの村へ出掛けていった。そして彼は、マグルに気付かれないように小さな意地悪を繰り返してくすくす笑うのだ。それから真っ赤なピクシーを連れて、意地悪を繰り返しながら村から村へと旅をしていく。そんな話だった。
「さて、それでは呪文を確かめてみましょう。今までの授業をきちんと聞いていれば、答えはあなた達の羊皮紙にありますからね。ミスター・クリス、教科書ではなく羊皮紙を見ましょう」
「げっ」
「ヒュー、お前書き写してないだろ」
「……見せて?」
「やーだね、寝てたお前が悪い」
慌てて教科書をしまい込んで羊皮紙を広げたレイブンクロー生をしり目に、ヒューと呼ばれた隣の男の子がフードを被ったまま赤毛の男の子の背中を不満げに叩いた。ストロベリーブロンドの男の子は、真っ直ぐ前を見据えていて、そんな二人を振り向きもしなかった。
「なあ、見せて?」
「あ、うん、………あっ」
もしかすると意地悪ゴブリンは、まだ旅を続けているのかもしれない。ホワイトリー先生の後ろにこっそりと隠れて、くすくすと私を笑っているのかもしれない。ホワイトリー先生の真っ白な髪がきらきらと赤く輝いたのは、きっとそこに真っ赤なピクシー妖精が隠れているからだ。そうでないのなら、こんな仕打ちは有り得ない。
すっぽりとフードを被ったその下から、覗き込むように私を見つめる藍色の瞳がそこにはあった。
「どうも。んー……ウィンガーディアム・レヴィオーサ、な」
ぱっ、と弾かれるように鼻を隠した私に気付いていないのか、彼は私の綺麗とはとても言い難い羊皮紙の上を走る文字を読みとって、それから無造作に杖を取り出して器用にくるくるとそれを回してみせた。
くしゃくしゃの心臓が、さらに音を立てて小さくなっていく。鼻を隠したまま黙って自分の膝を見つめるが、意地悪ゴブリンが私を笑っている気がしてならない。そのうちくすくす妖精まで出てきてしまいそうで、私は杖を握ったまま左手でローブを払った。
「さあ、皆さん、呪文は分かりましたね?それでは一度、隣の席の子と互いに魔法を見せ合ってみましょう!」
先ほど確かめたばかりの呪文があちらこちらからあがる。そして、どっしりとそこに腰を下ろしたままの羽に、いくつもの落胆の声が聞こえてきた。しかし、私は顔を上げることが出来ない。ホワイトリー先生と周りの生徒の声が耳元でくるくると回って消えていくのを、黙って聞いていることしか出来なかった。
「……ウィンガーディアム・レヴィオーサ」
瞬間、目の前が藍色に染まって、私は驚いて顔を上げてしまう。目を見開いて目の前の藍色を見やると、それは隣にいた彼の瞳と同じ藍色の羽で、私は思わず彼を見る。彼、ヒューは杖をゆらゆらと小さく揺らしながら、黙って私を見つめていた。
無表情な彼に、私は鼻を隠したまま彼を見つめ返すことしか出来ない。
「あらっ、貴方、……ヒュー・ガーランドですね。ミスター・ガーランド、とてもよく出来ました!」
ホワイトリー先生の言葉に、彼はふわふわと羽を私の目の前から外し、天井に向かってぐんぐん高く飛ばしていく。周りがそれを追うように視線を上げる中、私はやはり鼻を隠したまま彼を見ていた。そして彼もまた、私をじっと見つめていた。
「ハッフルパフに五点あげましょう。さあ、皆さんも負けじと頑張って!」
ぱん、とホワイトリー先生が手を叩いた瞬間、再びあちらこちらから呪文が聞こえてくる。私はそれに便乗するように彼から目をそらし、前に向き直った。
がたがた。椅子が床を乱暴に滑る音がして、甘いホットチョコレートのような匂いが鼻をくすぐる。すぐ隣から人の気配を感じて、私は小さくくしゃくしゃになってしまった心臓を思いやる余裕も消えてしまった。
視界の端で、彼はフードを脱ぐ。現れた藍色の髪に、私はちらりと視線だけで彼を見る。白い手が、真っ直ぐ私に向かって伸びていた。
「わっ、」
「……………」
驚くより早く、彼の右手が鼻を隠していた私の右手を取る。咄嗟に左手で顔を隠すが、彼の左手は器用にそれをするりと避けて、私の直ぐ目の前で止まった。
白い人差し指が私の目の前でくるくるとまわる。何度も何度も聞こえてくる浮遊呪文が、私の意識を飛ばしてしまいそうな気がした。そして、そんな私をからかうように人差し指がまたまわったかと思えば、それはゆっくりと確実に私に近付いてきた。思わず、ぎゅっと目を閉じる。
眠る梟の羽に指を埋めるかのように、それは私の鼻をつついた。
「っ、」
「…………」
それは、一瞬だった。
驚いて目を開けた私から彼は何事も無かったかのように手を離し、前に向き直る。やけになって杖をぶんぶんと振り回す赤毛の男の子を呆れたように見ていたストロベリーブロンドの男の子がそんな彼に気付いて、後ろを振り返る。
「ヒュー、よく飛ばせたね。見てよ、ほら、全然飛ばない」
「うるさい、今に見てろ、絶対俺が二番目に……!」
「まあっ、素晴らしい!ミスター・メイフィールド、レイブンクローにも五点差し上げましょう」
「あ!」
「あーあ」
ミスター・クリスと呼ばれていたレイブンクロー生の隣に座っていたくすんだ赤毛の男の子が、ふわふわと控えめにハシバミ色の羽を浮かすのを見て、赤毛の彼は悔しげにまた杖をぶんぶんと振る。そんな彼を、ヒューと呼ばれた隣の彼は頬杖を付きながら笑っていた。
ホワイトリー先生に褒められて俯いていたミスター・メイフィールドが、ちらりとこちらを振り返る。グレーの瞳は何を見たのだろう。私はただただ、鼻を押さえて黙っていることしか出来なかった。
「次は絶対俺だから!飛ばすから!」
「あー、うん、ヒュー、何かアドバイスして」
「杖を飛ばさないように気をつけた方が良いんじゃねえ?」
「だー!ヒュー!」
怒ったようにまた杖を振る彼を、藍色の瞳は笑っていた。
そして結局、その日の授業で羽を飛ばせたのは二人きりだった。私は杖を振るどころか、意地悪ゴブリンとくすくす妖精、そして隣の彼からくしゃくしゃの心臓を守ることも出来ず、ただただ鼻を隠すことしか出来なかったのだった。
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