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彼女は変わっていると、人は言う。いつも何処かをふわふわと泳ぐ視線だとか、何処がとは言い難いが少しだけ周りと違う顔立ち。ローブの端を払い落とす癖に、それから大きく首を傾げる仕草。首を傾げてしまうのは母親がそうするからだと彼女は私に言ったが、初めて彼女が私の前で大きく首を縦に振ってみせた時、私はとても驚いたことを覚えている。ほとんど首なしのあのゴーストのように、首ががっくりと取れてしまうのではないかと冷や冷やしたのだ。しかし、彼女はそんな私にミネルバはあまり頷かないんだね、と言ってふにゃりと笑って、私の喉元から出ようとしていたその大きな頷きは心臓に悪いからやめてくれ、という言葉を魔法のように消してしまった。きっとそういう魔法があるのだろうと、私は今でもそう思っている。
そして、そんな変わった彼女が今、いつもと違った調子の変わり具合を見せていた。


「………………」

「……カザリ、今日はローストビーフがあるわよ?」

「………………」

「じゃあ、温かいミルクを飲む?」


いつも何処かをぼんやりと眺めながら話す彼女の視線は夕食が並ぶテーブルよりも下、自身の足下にじっと佇み、そしてゆっくりとした動きで食事をとる右手は何故だか鼻を隠すように覆っていたのだ。
私がまだ見慣れない大きな首の動きでローストビーフを拒否し、そしてホットミルクを望んだ彼女にテーブルの端で今か今かと待機していたゴブレットを手に取る。気のせいだろうか、彼女が座る席にはいつもホットミルクが出てくる気がした。私が一人で座っても、ホットミルクは出てこないというのに。


「よー、カザリ、しっかり食えよっ」

「早く大きくなると良いな」

「そうだ、そしたら早く僕と並んで歩ける」

「黙れアルヴィ、この女ったらし」


黙って足下を見つめるカザリの頭を軽く撫でてから後ろを通り過ぎていつもの大広間の真ん中の席へと向かう先輩達は、カザリの変化に気付いていないのだろう。スリザリンである以前に人として良い噂を聞かないエインズワース先輩の虫酸の走る言葉に眉を寄せて彼らを見やるが、彼らは今や会話に夢中になっている。男なんて所詮そんなものか、と、呆れてしまった。
装飾の殆どないゴブレットに蜂蜜を垂らして、ティースプーンでかき混ぜる。ほのかに甘い匂いが立ちのぼり、カザリは恐る恐る顔を上げた。


「はい、カザリ。冷めない内に飲みなさい」

「………ありがとう、ミネルバ」


いつもならふにゃりと力の抜ける笑みを浮かべるカザリが、ただただ眉を下げてその言葉を口にする。それが何だか見ていられなくて、私はカザリの短い前髪を撫でつけるように彼女の頭を撫でた。


「カザリ、今日は早く寝た方が良いわ。それか、トムに手紙を書くのよ」

「……うん」

「トムに手紙を書けば、きっと少しは気が晴れるわ。何があったのか知らないけれど、そんなにくよくよしてちゃ幸せが逃げるわ」


頼りない手つきでゴブレットを手に取ったカザリが、ようやく鼻から手を離す。両の手でしっかりとゴブレットを掴んでホットミルクを飲むカザリに一体何があったのだろうか。彼女と知り合ってまだ日は浅いが、それでもここで唯一落ち着ける空間を築くことの出来る彼女を心配せずにはいられない。


「そうだ、カザリ、良いものをあげる」


一体どうすれば彼女がいつもの調子に戻るのかと眉を寄せ、頭の中のキャビネットを片っ端から開けていくと、私はようやく一つのあるものを見つけてローブのポケットに手を入れる。そしてそれを握りしめてカザリに差し出せば、カザリは目を丸く見開いて私の手を凝視した。


「こ、れ、」

「ビーリー先生から頂いたの。ここに来るまでに廊下ですれ違ったから」

「……ハニーデュークスの、チョコレート」

「ええ、チョコレートよ」


ハニーデュークスかどうかは知らないが、私はそれを差し出して彼女の手に握らせる。甘いホットミルクを好むのならば、きっとこれも喜ぶだろうと思ったのだ。
しかし、そんな私の考えはこの小さなチョコレートよりも甘かったらしい。


「み、ミネルバっ……」

「え、な、何?ど、どうしたのっ?」


チョコレートを受け取るなり顔をくしゃくしゃにしたかと思えばチョコレートをぽとりと膝に落とし、そのまま顔を隠してしまったカザリに、私は声が上擦る。そんな私達に何事かとちらちらと視線が寄せられたが、私はその視線にこたえることも彼女を上手く慰めることも出来ず、初めての事にただ戸惑うばかりだった。
こういう時、私は自分の性格を呪ってしまう。くだらない人達と関わるよりも少しでも教科書の内容を頭に叩き込んだ方がましだと信じてきた私にとって、一人の女の子を慰めるという事は、飛行訓練でスリザリンと仲良く飛ぶことのように難しい。


「あ、ヴィッセルがグリフィンドール生に虐められてる」

「は?おいそこの一年、お前今何て、わー!ニック!カザリが泣いてる!」

「お、落ち着けよ、アンディ」


たまたま通りがかったストロベリーブロンドの髪をした男子生徒が他の二人と顔を見合わせながら言った言葉にようやくアンドリュー先輩が此方へとかけてきて、私は情けないことに胸をなで下ろす。慌ててカザリの顔を覗き込んでその背中を撫でる手つきは、とても落ち着いていた。


「なに?カザリ、どうした?」

「……………だい、じょうぶ、です」

「……マクゴナガル、分かる?」

「あの、私がチョコレートを渡したら、急に」

「チョコレート?……あー、そんなに嫌いだったか?よーし、大丈夫、チョコレートは消えた。大丈夫だ」

「そ、そうよカザリ。もうチョコレートはないわ。安心して」


チョコレートが嫌いだからこんなことになっているわけではないことを、彼もきっと理解しているのだろう。それでも何とか彼女を元気づけようとわざとらしく彼女の膝からチョコレートをとって後ろ手に隠した彼に、私もつられて同じ調子で彼女の顔をのぞき込む。
なんだなんだとフォークを口にくわえたままのニコラス先輩と長いブロンドを耳にかけながらエインズワース先輩が不思議そうに集まってきて、カザリは恐る恐る顔を覗かせる。涙は流していないものの、真っ赤に充血したその目に思わず私はポケットからハンカチを取り出した。カザリが気に入っていた、デイジーのヘアピンと同じ柄だ。


「カザリ、一回寮か医務室行くか」

「あの、あの、だ、大丈夫ですっ……」

「大丈夫じゃないわ、さ、行きましょう。目が真っ赤だわ」

「よしっ、よっ、と」

「わ、」


私のハンカチを受け取ったカザリの手をぐっと引っ張って、アンドリュー先輩はカザリを背中に乗せる。ちゃんと掴まってろよ!と言うなりばたばたと走り出してしまうあたり、彼の性格のせっかちさが伺えた。
取り残された三人で一度顔を見合わせると、ニコラス先輩がフォークを口に挟んだまま肩を竦める。いつのまにか床に落ちていたチョコレートを拾ったのは、エインズワース先輩だった。


「あいつ、あんな騒いだら注目を集めるって知らねえのか?」

「そうだね。カザリはただでさえスリザリンの一年生から変に見られているのに、困ったな。はい、チョコレート、後で渡してあげて」

「……何が困るのか知りませんが、どうも」

「ははっ、やだな、何が困るって、僕の伴侶になるかもしれない子が同寮から嫌われていたら嫌だからだよ」


何を言っているんだこのブロンドは。頭が悪いのではないか。
思わずにらみ上げると、エインズワース先輩はニコラス先輩のように肩を竦め、そして小さく笑いながらやれやれとわざとらしく口にした。そんな彼にこれ以上ここに留まってもなんの意味もないという答えが弾き出され、私はチョコレートをポケットにしまいながら席を立った。
しかし、私の足はそんなエインズワース先輩の言葉によって止まってしまう。


「それより、さっきのハッフルパフの子の言葉が気になるんだけど、これって君に言っておくべきかい?」

「……さっきのって、私に虐められてるというあの不愉快極まりない言葉ですか」

「ああ、聞こえてたんだ。でも違う、その後の隣にいた子の言葉だよ」

「あ?なんか言ってたのか?」


置き去りにされてしまったカザリのゴブレットを手に、ニコラス先輩が問いかける。ゆっくりとそれを飲み下すニコラス先輩と二人してエインズワース先輩を見つめれば、彼はまた肩を竦めたのだった。


「あいつ、やっぱり気にしてんだ、だってさ」


カザリが何を気にしてるのか、僕にはさっぱりだけど。
エインズワース先輩の言葉にニコラス先輩が不思議そうな顔をする中、私は先程のストロベリーブロンドの彼を視線で探す。その両隣に座る赤毛と藍色の頭に、私は黙って俯き鼻を隠していたカザリを思い出していた。





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