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それなりの魔女である母親ととても出来の良い魔法使いである父親に愛されて育った私はそれなりに抜けているそれなりの魔女らしい。お前はいつも人と違う所ばかりを見ているね、と父さんに頭を撫でられながら私が見ていたのは父さんの少し困ったような癖のある笑顔ではなく、その日もそれなりの当たり障りのない魔法で楽して珈琲を淹れる母さんの指先だった。くるりと杖で円を描けば苦々しい匂いが鼻の奥をつんと突っついてきて、私はその度に鼻をつまんで舌を出したものだ。
「お前は余所見ばかりだなあ。今年の夏から私達と同じ学校に行かなきゃならないのに、そんなことじゃあいけないぞ」
そんな風に私が父さんの膝の上で余所見をする毎に父さんがそう言い始めた頃、父さんはたまの休みにマグルの街へと出掛けるようになった。元より私達はマグル学に興味があって仕方ない父さんのたっての希望とやらでマグルの住宅街に家を構えているのだけども、母さんは街へ出掛けて行く父さんを前よりも笑顔で見送るようになった。今日こそ良い子が見つかると良いわね、と言って。それが私の新しい家族を探す旅なのだと、私は知らなかった。
私が父さんと母さんのその思惑に気付いたのは何時だったか。その日母さんは母国の日本とやらに帰っていて、私は今日もたまの休みをマグルの街へと出掛けることに使う父さんに留守番を頼まれていたのだが、何故だか気が向いた私はダークグレーの薄いトレンチコートを羽織った父さんの後ろをとことことついて行ったのだ。何時も余所見ばかりの私だが両親に言いつけられたことはきちんと守る子供だったので、まさかそんな子供が後をつけているなんて思いもしなかったのだろう。父さんは結局古い一階建ての家に消えて行っても、私の存在に気付かなかった。古い一階建ての家の塀には、虹の家、と書かれていた。ただの古びた赤レンガ色だった。
「ああ、あなた、お帰りなさい。それでどうだった?良い子はいた?」
「ううーん、それがなかなか、ね。良い子は良い子なんだけれど、カザリには合いそうにないな。あの子は変わった子だから、普通の良い子とは合わないだろう。とびきりの良い子か、変わり者の良い子じゃなきゃ」
古びた赤レンガ色のくせして虹の家だと謳うそれが孤児院だと、ダークグレーの薄いトレンチコートをくたびらせて帰ってきた父さんとそんな父さんを出迎えた日本から帰ってきたばかりの母さんの会話で知った。酷い言われようだ、なんて思いながら私は二人を陰からこっそり睨み付けて、買ってもらったばかりのクリーム色のカーディガンをにぎにぎと握りしめた。けれど、父さんの言い分が正しかったのだと私は身を以て知ることになる。それから何日かして父さんが連れてきた優しい笑顔の女の子に対し、私は指先これっぽっちの分だって興味が沸かなかったのだから。兎に角その女の子は半日もすればもといた場所に帰って行った。それと同時に、私に与えられようとしている新しい家族は私が最終判断を下せるのだと知った。
その日から私は、マグルの住宅街へと消えて行く父さんの背中をとことこ黙ってついて行くようになった。そして、門の前で耳を澄ますのだ。父さんがここも駄目かと溜め息を吐き出すのを。私がとうに新しい家族を見つけていたとも知らずに。
「トム、トム」
「……また来たの?飽きないね」
「うん、だってトムといると楽しいもの。だから早く部屋に入れて」
「全く、これで僕より年上とは思えないよ」
「一つしか違わないでしょう。早く入れて、トム、ねえトム」
窓の外の木の枝に跨ってむくれるでもなくふにゃふにゃと力無く笑う彼女の手を引き部屋に入れるのはこれで何度目か。僕達が出会った次の日には前日そうしていたように塀の外の木箱に乗って孤児院を見つめていて、漸く窓を開けて自身を見下ろす僕に気付けばにこやかに笑いながら塀を乗り越え今日のように木を伝いそして僕の手を借り部屋へと入ってきたのだ。それからは殆ど毎日此処に通うようになって、毎日彼女の近所の人間の話やら母親の話やら父親の話やらを聞いていた。だから僕もお返しに院長先生の愚痴やら使用人の愚痴やら馬鹿な子供達の愚痴やらを聞かせてやった。ビリーの兎の話をして少し怖がらせてやろうかと思ったこともあったが、カザリがあまりにけらけらと笑うから、怖がらせる気も失せてビリーの話はしなかった。
悪い気は、しなかった。
「ねえトム、今日はこんなものを持って来たのよ」
「なに?」
「……見たい?」
「……ちょっと、カザリ」
「ふふふ、嘘、嘘、見せる見せる。違った、あげるあげる。ほら、蛙チョコ」
それがいつからか近所の人間や母親や父親、ましてや僕の尽きない愚痴ではなくなったのは何時だったか。カザリと出会ったあの日に穿いていたズボンのポケットからゴミが出てきたじゃないか、と院長先生にこっぴどく叱られ見せ付けられたそれは何度も何度も洗われて中味が溶けてしまったヌガーの包みで、ポケットにそれがあったことに気付かずに何度も着ては洗ってを繰り返していたのだと知った。しかしそういった物に全く興味も無かった僕に心当たりは勿論無く、僕を化け物だ悪魔の子だと怖がる孤児院の子供達が嫌がらせに入れるとも思わなかった。だから、問うてみたのだ。僕のズボンのポケットにヌガーを入れたのはカザリか?と。そしたらカザリは相変わらず気の抜ける笑みを浮かべてカーディガンのポケットからヌガーを取り出し、ふわりと宙に浮かせて今度は僕の手のひらに乗せるのだから、心臓が止まるかと思った。
彼女の話の節々に何処か違和感があるのは、きっと僕と同じ生き物だったからなのだと漸く知った。彼女は僕以外の子供と話したことがなく、毎日家の窓から外を眺めたりして過ごしているらしい。何でも、初めて家の外に出た時に近所の子供に化け物だと罵られたらしい。外に出るのは全く怖くないが、遊び相手もいないので外に出るのは両親と買い物に行く時だけだと。それまで一体彼女の何処が化け物なんだと疑問に思っていた僕は、ふわりと浮かんだヌガーに漸く合点がいった。よくよく聞いてみれば彼女の母さんも魔法で楽して不味い珈琲を淹れるだとか父さんは今日も魔法省だとか言っていた。ただ、彼女の説明があまりにも下手なので頭がちょっとあれなのだろうと思っていたのだ、失礼だけど。
「蛙チョコ?今日はまたどうしてそんな変な物を…蛙なの?それともチョコレートなの?」
「両方。待ってね、私、これを開けるの苦手なの」
「僕がしようか」
「ううん、待って、私がやりたい」
彼女がそういう存在で、そしてまた僕もまた同じ存在なのだと思えばそれからは早かった。僕が訊けばカザリは嫌な顔一つせず魔法とやらについて話したし、周りの人間に頼って物事を知ろうとするのが嫌いだった僕もカザリの話は素直に聞けた。カザリのことは元より嫌いではなかったし、何より嬉しかったのだ。初めて自分を化け物呼ばわりしない人間が、自分と同じ力を持った人間がいたことが。
小宇宙が浮く時計だとか、魔法界について書かれた歴史書。動く写真にカザリが読み古した魔法界の童話。言葉にせずとも僕が魔法界について知りたがっていることをカザリは汲み取って、いや、カザリのことだから何も考えていないのかもしれないが、カザリは僕の部屋に来る度新しい物を持ってきた。それらはカザリが持って帰ったりトムにあげると僕の部屋に置いていったり何を間違ってか爆発させてしまったり様々だったが、おかげで僕の小さな洋箪笥の中は子供達から盗ったくだらない玩具をもとの持ち主に返さなきゃ入りきらないほどカザリからの贈り物で一杯だった。
そして、カザリは今日の贈り物の小さな箱を短い爪でかりかりと引っ掻いている。彼女が不器用なことは、もうとうに分かっていることだった。
「カザリ、僕がやるよ。君がやってたら夜になる」
「ならない、ならない。待って、もう少し、本当にもう少しだから」
「そう言って一昨日は僕のベッドに爆発させて、あ」
「あ、ほら、開いた!」
一昨日爆発させたカザリ曰わく何か良いことをした特別な日にしか買って貰えない百味ビーンズとかいうお菓子が頭を過ぎったその瞬間、開いたよ、と嬉しそうにカザリが笑ったので、一昨日僕を怒らせたばかりの百味ビーンズというお菓子は僕の頭から完全に消え去る。
ほんの少しの隙間に僕よりも細く丸みの残る指先を入れて、カザリはそろそろと箱を開ける。まるで危険なものを開けるかのように中を覗き込みながら開けようとするものだから、僕もついカザリと同じようにその隙間を覗き込む。
「そんなにゆっくり開けなくちゃいけないの?」
「分かんない。元気な子だと、ぴょんってどこか行っちゃうけど」
「生きてるの?」
「うん、だって、さっき言ったでしょう?両方なの。蛙でチョコレートだって、あ、」
ぱっ、とカザリが驚いたように顔を上げたと同時に、チョコレート色の何かがカザリと僕のほんの僅かな隙間を縫うようにぴょんと飛び出した。一瞬、直ぐ間近でカザリと目が合う。ダークブラウンのその目の奥は、僕を悪魔と呼ぶ子ども達よりもきらきらとしていた。
わ、わ、と慌ててベッドの横の壁に手を伸ばしたカザリに、は、と我にかえった。のそのそとベッドの上を移動してカザリが手を伸ばす先に、先程飛び出したチョコレート色がいた。蛙チョコ、と言う名の通り蛙の姿をしたチョコレートに、僕はつい目を細めて食い入るようにそれを見やる。
「……美味しくはなさそうだな」
「わ、わ、蛙が、トム、トム」
「分かってるよ、」
ほら、捕まえた。
カザリの肩に左手を置いて、さらに上の天井へと跳ぼうとしていたそいつを右手で捕まえてみせる。チョコレートでも命令すれば僕の言うとおりになるのだろうか、とぼんやり考えながらベッドの上に座り直し、捕まえたそれをカザリに差し出してみせれば、カザリはふにゃふにゃと笑いながら大切なものを受け取るかのように僕の右手を小さく柔らかなその手で包んだ。
「それ、食べるの?」
「うん。食べる、食べる。ほら、トム、口を開けて」
「え?僕が食べるの?いいよ、カザリが食べなよ」
「駄目だわ。トムの為に持ってきたんだもん」
相変わらずふにゃふにゃと笑いながら、カザリは孤児院の子ども達では考えられないような台詞を吐き出す。トムの、僕の為に。その言葉が何故だか僕の胸の奥をちくちくと刺激して、眉根を寄せてしまう。この感情の名を僕はまだ知らないが、それでも少なくとも目の前で笑いながら蛙チョコの足をつまみ上げるカザリにそれを尋ねることは無いのだろうな、と思う。そもそも、彼女に尋ねたところで答えを得られる気がしない。
ほら、と蛙チョコをゆらゆら揺らして、カザリは僕を見る。脳天気な奴、と胸の内で思いながら、どうも彼女の手から食べることが躊躇われたため渋々それの胴体を摘んだ。早く食べないと溶けちゃうよ、とカザリが僕を急かすので、お前なんか溶けてしまえ、と思いながら無理やりに口の中へ放り込む。口の中で蛙チョコが動く感触に、僕の顔が歪むのは仕方のないことだろう。
「どう?どう?美味しいでしょう?」
「………不味くはないよ」
「あはっ、良かった」
別段甘い物が好きなわけでもないので、カザリの問いかけを躱すようにそう答えたのだが、カザリはその答えに思いの外満足したらしかった。ダークブラウンの瞳を細めて嬉しそうに頬を両の手で包む彼女がそれを教えている。
用の無くなった蛙チョコの箱を彼女が掴み、それをこれまた大切そうにベッドの脇に置いて、それから僕を見る。それに僕が小さく頷けば、カザリは察したのだろう、ふにゃふにゃと笑って僕の直ぐ隣に座り足を放り出した。彼女が来ると、ここ最近は毎回そうなのだ。その日の贈り物の御披露目が終われば、僕と彼女だけの授業が始まる。とは言っても、カザリが持ってきた贈り物についてだらだらと話すだけなのだけれど。しかし、時折僕がカザリの言葉の節々に転がる魔法界に関する単語を拾って、カザリが答えるそれは、決して退屈なものではなかった。
「今日の蛙チョコはね、父さんが百味ビーンズと一緒に買って来てくれたものなの」
「前に言ってたホグズミードで?」
「そう、そう、ホグズミードで。あ、それからね、あの箱の中に魔法使いのカードが入ってるから後で見てね」
「カザリはいらないの?僕、別にカードとか集める趣味ないし、カザリにあげようか?」
「ううん、トムにあげる。せっかくだし、二人で集める?」
いや、むしろ、それは。
ベッドの隅に置いた蛙チョコの箱を嬉しそうに指差してカザリが足をぱたぱたと揺らすのを見ながら、僕はカザリが考えもしないだろうことを考える。だけどそれを口にしてしまえばカザリはもう二度とこの部屋に現れない気がして、言葉にすることは出来ない。孤児院の大人や子ども達には、何だって言えるというのに。命令すら、出来るというのに。
「あ、そういえばね、ねえトム、聞いて、トム」
ちらりとカザリを横目で見て、この間母さんの杖が、と言う言葉を聞きながら、僕はどうしても言えないその言葉を噛み締めた。僕の家族になって、という、百味ビーンズより酷い味で、蛙チョコには到底似ていない苦くて重いその言葉を。
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