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もしも私が養子に貰われるなら、優しい姉さんのいるお家が良いわ。父親はそこそこの仕事に就いていて、母親はお料理がとても上手なの。お家はコッツウォルズの外れの丘の上よ。家の裏には馬が走り回っていて、私は姉さんと毎日それを眺めながら羊の毛を紡いで過ごすの。それから休日は家族全員で馬に乗って出掛けて、帰ってきたらゲームパイを食べて温かいミルクを飲むのよ。それを飲んだら姉さんと手を繋いでベッドに潜り込んで、窓の外に広がる星空を眺めながら眠りにつくまでお話するの。そして朝になったら優しい姉さんが私の肩を叩いてこう言うのよ。可愛いエイミー、お日様と馬があなたを待ってるわよってね。


ばたばたと何かが暴れる音が直ぐそばで聞こえて、僕は目を開ける。夜はまだ冷えるからとカザリに無理やり押し付けられた薄手の毛布から抜け出して窓の方を見れば、どうやら暴れていた何かは大きなカラスだったらしく、窓の向こうにはカラスが首を埋めてその身を休ませていた。
昨日は一体何を考えながら眠りについたのだろうか。先程まで頭の中で響いていた声が妙に不快で、その夢に至った原因を思い出そうと目を細める。しかし部屋のどこかから微かに聞こえてくる寝息が気になって、答えは一向に出て来ない。その代わり頭に出てきたものは、早く寝息の居所を突き止めないと、という指令であった。


「カザリ、おはよう」

「……んー……?」

「どうして君は自分の部屋で寝ないの。僕の記憶では僕が眠りにつく瞬間までこの部屋には僕一人だった筈なんだけど」

「んー……あー……、トム、トム、おはよう……」

「うん、おはよう。本棚の隣は寝やすい?」


昨日は椅子に座って寝ていた彼女を揺さぶり起こせばカザリはブランケットにくるまったままゆっくりと瞬きを繰り返して、それから大きな欠伸をして僕を見た。半分しか開いていないその目は明らかにまだ眠たいということを僕に訴えていて、僕は仕方なくため息を吐きカザリの手を取る。カザリは覚束ない足取りで立ち上がった。


「僕が顔を洗ってくるまでだからね」

「うん……うん……」


トム、早く帰って来てね。
きっと彼女はそんなこと思ってもいない。だって今から彼女は僕のベッドで二度目の眠りに落ちるのだから。
ぼふんとシーツの波に飛び込んだカザリに毛布をかけて、カザリのダークブラウンの髪を撫でつけてから部屋を出る。直ぐ隣のカザリの部屋の真っ白なドアは開け放されていて、ぷかぷかと花の浮かぶ部屋の真ん中には僕が先程カザリにかけたものと同じ毛布が抜け殻のように落ちていた。何という名前なのかは分からないが、春から夏にかけて咲くのだとカザリが言っていたその花が廊下にまで出て来ていたので、僕は軽く手を振ってそれをカザリの部屋に戻す。ふわりと甘い匂いがした。


「トム、おはよう。今日は随分と早いのね」

「おはようハツ。カラスに起こされたんだ。それからカザリの部屋の花は前のラベンダー色の方が良いと思うよ、今のは甘過ぎる」

「あらそう?じゃあダンに帰りにお花を買ってきてもらわなくちゃ」


カザリの母親であるハツは階段の下から顔を出しそう言って笑って、僕に珈琲の入ったカップを掲げて首を傾げる。それに頷けばハツは杖を一振り。湯気の上がる珈琲の入ったカップがゆっくりと飛んできた。僕はそれを階段を下りながら左手で受け取る。どうやらカザリの二度寝は少し長くなりそうだ。


「カザリはまたトムの部屋?」

「今日は本棚の隣で寝てたよ。ハツはどういう躾をしたの?」

「あら、あれが私のせいならあなたも直にカザリに似るわよ。何て言ったってあなたも私の息子だもの」

「大丈夫。僕はきっとダンに似るから」

「ふふっ、そうかもね。ダンもあなたもとっても頭が良いから」


階段の下で待っていたハツに追いついて、僕はハツに背中を押されダイニングに入る。丸いテーブルに綺麗に置かれた日刊予言者新聞の今日の一面はノルウェーの魔法使いが起こしたクィディッチの試合乱入事件で、写真の中では慌てふためく選手に代わりユニフォームを着ていない赤ら顔の男がスニッチを掲げて此方に手を振っていた。ダンはまだ起きていないようだ。


「さ、朝ご飯を作るからゆっくりしてて」


ハツの言葉に頷きながら、僕はぼんやりと夢の言葉を思い出す。
父親は魔法省で勤めていて、母親はとんでもなく料理上手。家はロンドンの外れの住宅街にあって、家の裏口は父親のダンが持つ小高い丘に繋げることができ、僕はたまにお古の箒を持ってそこへ行く。それから休日は家族全員で出掛け、帰ってきたらミンスパイとシチューを食べてホットチョコレートを飲む。それを飲んだらベッドに入り、夜にだけ部屋に浮かぶ小宇宙を眺めながら考えるのだ。僕には肩を叩いて起こしてくれるような姉はいないが、僕が眠りに落ちた頃に寝ぼけながら僕の部屋にやって来る可笑しな姉がいるのだと。そして朝になったら言う、カザリ、二度寝は僕が戻るまでだよってね。


「ハツ、僕カザリを起こしてくる」

「ついでにダンもお願い。あの人朝から会議のはずだから」


去年の夏にエイミーの頭を僕は少しばかりおかしくしてしまったが、彼女は未だ叶わぬ夢を見ていたりするのだろうか。そんなことを考えながら、僕はハツからダンの分の珈琲を受け取ってダイニングを出た。
ダン・ヴィッセルが買い取ったこの家に、エイミーが望んだものよりもずっと素晴らしいものがあることを、あの孤児院のマグル達は知らずに、僕が院を出てから一カ月、平和な日々を過ごしているのだろう。玄関の向こうから鳥の囀りが聞こえ、二階からは花の甘い匂いがした。朝と夜は未だ薄ら寒いロンドンの街はもう直ぐ、夏を迎えようとしていた。






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