風柱とストーカー撃退訓練


17_散華
..........


救援要請を受け、駆けつけた頃には先行部隊はほぼ壊滅状態だった。
血の匂いが立ち込める中で枝を踏み鳴らしながら気配を追えば、この屍の山を築いた元凶にあっさりと辿り着く。

下弦落ちしたらしい鬼の頚をなまえが即座に落とすと、喰われかけていた隊士が呻き声を上げて地に伏せった。
コイツはまだ息がある。

隠の到着を待つよりも、麓の村の医者のところへ担ぎ込んで応急処置をすれば助かる可能性がある。
なまえが抱えて下山するよりも、俺が一人で走った方が速いだろう。

隊士の身体を俵担ぎにして振り返れば、なまえは俺が考えていることを察していた様子だった。


「師範、道中お気をつけて。」

「ああ。お前は念の為生存者がいないか確認しておけ。他の鬼が潜んでいる可能性もあるから油断するんじゃねえぞ。」

「承知しました」

「……直ぐに戻る」


全速力で下山して麓の村の医者へ駆け込み、隊士の身柄を任せ、再び山へ駆け戻る。

どうにも先程のなまえの様子が気になって仕方がない。
鬼への憎悪をあそこまで剥き出しにした様子は初めて見た。
実力を伸ばしていることは師として喜ばしい限りではあるが、彼女の成長と共に先程感じたのは深い悲しみ、怒り、憎悪の片鱗。


はやる気持ちを必死で抑え込みながら木々の間を駆け、なまえの姿を捜す。
先程別れた地点にその姿はなく、湧き上がる焦燥感に汗が頬を伝った。

くそ、何処にいる。

大きく舌打ちをした直後、微かに鼓膜を震わせた音に耳を澄ませた。


「(歌……か?)」


日本の言葉ではない、独特な発音に塗れた歌詞。
美しくも深い悲しみを湛えた旋律。
何処か聞き覚えのある声。


その音色を追えば、月明かりが差し込む岩場に腰掛けた見覚えのある横顔が目に飛び込んできた。

輝く艶髪が、月光を纏うようになまえの姿を浮かび上がらせている。

その唇から零れる旋律の美しさに言葉を失う。

目の前の彼女は本当に人間なのかと疑うほど美しい情景が、目の前に広がっている。


「師範」


声を掛けることもできずに只管その姿に心奪われていると、やがてその歌声が途切れ、揺れる双眸がこちらに向けられた。


「すみません、もう戻られていたのですね」

「……ああ」


お聞き苦しいものを聞かせてしまいました、と謝るなまえの顔は一見普段通りだ。
しかし何故か彼女が泣いているように見える。


その様子から、今この山にいる命ある者は俺と彼女の二人だけなのだと察した。



←prev  next→
back

top