風柱とストーカー撃退訓練


18_月の涙
..........


隠の到着まではもう少し掛かるらしい。
鴉からの伝言を受け、岩場に腰掛けるなまえの隣に腰を下ろした。


「さっきのは……異国の歌か?」

「いえ、遥か昔の言語で作られた歌みたいで。日本の言葉なのか、異国の言葉なのかもわからないんです。」


吹き抜ける夜風がなまえの髪を揺らす。
彼女の頬に走る返り血が、その艶やかな一房を絡め取っているのがやけに気に入らない。
少し乱暴に拭ってやればなまえは猫のように目を細め、ありがとうございます、と言いながら笑ってみせた。

その笑みが普段よりも儚げに感じられ、再び心が波立つ。


「……師範は、記憶の遺伝って信じますか?」



ーーーーー私が幼い頃、生前の母がよく口ずさんでいた歌。
聞きなれない発音が多い不明瞭な歌詞で、でたらめな歌だと思っていました。
特段覚えようとも思わず、私はただ生活音の一部として聞き流しているだけで。


でも、十一のときに大好きだった家族が鬼に襲われて、何もかも失って。
母の亡骸を目の前にした際に、自然とこの歌が自分の口から零れ出たんです。


母が歌っていたものと違わぬ歌詞。
ただの一度も口ずさんだことなどなかったというのに。
自然と喉が震える。舌が、唇が、音を覚えている。細胞に刻まれた記憶が、歌を紡ぐ。


私がこの歌を受け継いでいく、だからどうか、安心して眠ってほしい。
そう母に語りかけるように私は只管歌い続けていてーーーーー



「鬼殺隊に身を置くようになってからも、命を散らしていった仲間への鎮魂のつもりで歌っていたのですが」


月を背負いながら唐突に語ったなまえの顔を影が色濃く覆う。
先程まで笑みを浮かべていた彼女の表情が、今は全く見えない。
鼓動が速まる。
目の前にいるはずの彼女の存在が、いやに不確かなものに感じられた。


「生き残ってしまった自分自身のために、歌っているのかもしれませんね…」


消え入るような声でそう呟いたなまえが、このまま闇に溶けてしまいそうだと思った。


何処にも行くな


無意識に口をついて出た言葉の勢いそのままに、なまえの頭を自分の肩口に強く押し付ける。
誰にも奪われないように、なんてくだらない願いと共に、微かに震えている身体を固く腕の中に閉じ込めた。




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■イニシエノウタ/デボル - Emi Evans

なまえさんが歌っていたウタはこちらをイメージしております。
ご興味のある方は是非。



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