02_名前で呼ぶよう脅迫されました
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「理解できません。水柱様は何故そこまで私に執着されるのですか…」
「……それは俺のことを理解したい、ということか」
「違います。断じて違います。会話が噛み合っておりません。」
「俺もお前のことをもっと理解したい。なまえ、愛している」
「一寸足りとも噛み合っておりません!!!!」
無表情のままがばりと正面から抱きつきにかかってきた水柱様を、必死に身を屈めながら左に躱し、そのまま全速力で走り去ろうと試みる。
「っ!」
しかし柱ともあろう彼が易々と逃がしてくれるはずもない。私の右手首はがっちりと彼に捕らえられていた。そのままぐんと引き寄せられ、逃走計画が儚く散る音が聞こえた気がした。
間髪入れずに水柱様の腕がぐるりと腰に回り、精悍なお顔が私の鼻先に迫る。長く濃い睫毛が頬に影を落とし、形の良い唇が切なげに吐息を漏らしていた。まずい。これは非常にまずい。
無駄に顔だけは良いのに、と失礼なことを思う。
この残念な中身を知らなければ、もしかすると絆されていたかもしれない。だが私は嫌というほど知っている。この方は残念すぎる。この美しい顔立ちを帳消しにするほど中身が残念だ。私がこの方に恋することは未来永劫無いと自信を持って言える。
「離してください水柱様、そもそもここは往来です!」
「では二人きりになれる場所へ行こう」
「言葉の綾です!何処であろうとこのようなことをされては困ります!往来だと尚困るという話です!!」
「照れているのだな。なまえは初心だな」
「(そうじゃねぇえええええ!!!)水柱様、ですから…!」
上官である彼を罵るわけにもいかず、なんとか宥めてやり過ごして逃走を繰り返すしかない悲しき日々。日を追う毎に私の語調も強くなっていっている自覚はあるが、全くもってめげないこの男に、私は確実に消耗していた。
「……名」
「はい?」
「水柱様という呼び方はやめろ。名を呼んでくれ」
「承知しかねます」
「ならばこのまま接吻する」
「〜〜っ!!冨岡様!お戯れはもうおやめください!」
「様付けは禁ずる。義勇と呼べ。」
「(ぬけぬけと…!)」
「それとも本当はこのまま口付けられたかったのか?すまない、気付かなかった」
「わかりましたッ!!義勇さんとお呼びしますのでどうかご勘弁くださいませ!」
ふ、と満足そうに微笑んだ水柱様の力が緩んだその隙をついて、私は今度こそ全速力で逃走した。
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