24_蝶は花の香に誘われて
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「蟲柱様は本当にお美しいですね…」
不死川さんが冨岡さんを片付けているのを待っている間、なまえさんに一息ついてもらおうとお茶を渡すと突然そんなことを言われ、流石に驚いてしまった。
「あ、失礼致しました、不躾に…!」
「いえいえ。でもそんなことを言われると照れてしまいますね。どうしましたか?」
「以前から、容姿は勿論のこと内面までお美しい蟲柱様に憧れていまして。ご本人を目の前にしてつい…」
「内面、ですか?」
傍から聞けば嫌味になってしまうが、私はまず外見を褒められることの方が圧倒的に多い。
内面については、柱としての威厳を保っていると言えば聞こえは良いが、どちらかと言われれば恐れられているという自覚もある。
だからこそ彼女の発言には殊更驚いた。
「私は自分に出来ないことを数えてしまいがちなのですが、蟲柱様は違う。ご自身に出来ることを増やし続けて、それらを最大限に磨き上げて、前進していく。……例えそれが茨の道でも。」
そう語る彼女の目は真剣で、一切の嫌味の無い憧憬の色に染まっている。
「隊士としても女性としても憧れの存在です。私も蟲柱様のように、気高く美しくありたい」
真っ直ぐに向けられたその言葉こそ美しくて眩くて、思わず目を細めた。
ふわりとぼやけた彼女の姿も美しく、そしてどこか儚さを感じる。
ああ、そうか。
きっと彼女にも、何か抱えるものがあるのだろう。
だからこそ私のこの苦悩を理解してくれる。
理解した上で、その言葉をくれたのだろう。
「……何だかなまえさんにはお見通しのようですね。私が日頃抑えつけている感情、なんかも」
「そんな…ただ、蟲柱様のような完璧な方にも、苦悩はあるものだと勝手に想像しておりまして…」
「ふふ、やっぱりお見通しですね」
あの嵐のように気性の荒い男が、彼女と共にいる時はひどく穏やかになる理由がよく分かる。
彼女は穏やかで優しい。
ただ、純粋すぎる訳でもない。
それがまた心地良いのだ。
例え少しの毒を孕んでいたとしても、この甘い香りに引き寄せられてしまう。
「なんだかなまえさんには甘えたくなってしまいますね。」
「!私で良ければ…何かできることがあったら仰ってください」
「では、たまにお茶に付き合っていただけませんか。もっとなまえさんと沢山お話ししたいです。甘露寺さんも呼んで甘味処に行くのも良いですね。」
「うわあ、素敵です…!」
「あと、私の継子のカナヲとも交流していただけませんか?」
「是非!」
愚かな蝶でも良い。
この芳香にもう少しだけ酔っていたい。
風が彼女を攫って行ってしまう迄の、この刹那だけ。
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