風柱とストーカー撃退訓練


25_遮光
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左手首を負傷しておよそひと月。
そろそろ固定具を外す予定になっているものの、それまで任務は勿論、鍛錬の禁止も言い渡されている。
しのぶ様には蝶屋敷での療養も許可されていたが、某変態がいつ出没するかわからないためそれは師範によって却下された。


不死川邸には住み込みの使用人はおらず、洗濯や食事の支度は基本的に通いの方が担ってくれているが、朝食の支度等は私が行っていた。
それが今は片手で厨に立つことを師範が許すはずもなく、朝食どころかお茶まで師範に淹れて貰うという体たらくだ。

せめて巻藁の入れ替えの手伝いぐらい、と思えば隠の方が真っ青になって私を止める。
テメェは大人しくそこで見てろォォ…と鬼の形相で師範に圧を掛けられてしまえば、逆らうことなどできるはずもなく。

任務にも出られず、鍛錬もできず、師範に世話をしてもらうばかりの情けない日々に、自分の存在意義とは何なのだろうと自己嫌悪に陥りかけていた。


「何シケた面してやがる」


縁側に腰掛けてぼーっしていると、師範が二人分のお茶を持って来て私の隣に腰掛ける。
なんて気が利く人なんだろう。
その気遣いが今は余計に私の心を抉っているのだけれども。


「なあ……お前このまま鬼殺隊続けるのか」


突如掛けられた言葉に更に心が抉られる。
あまりの役立たずっぷりに引退を勧められているのかと、さぁっと青ざめる。
恐る恐る師範の顔を覗き見ると、ぎょっとした顔で師範が慌てて口を開いた。


「あーいや、そういう意味じゃねェ」

「剣士として不適格、と言われたのかと……」

「ちげェ、お前なら嫁の貰い手なんざいくらでもあるだろォ。普通の幸せだって望めるんじゃねェのか。この機会に引き返すってんなら俺に止める権利はねェからよ。」
 
「……私の望みは鬼の殲滅と鬼舞辻を殺すことです。鬼殺の道以外進むべき道はありません」

「……そうか」


刀を振るい、血を浴び、己の身体を削ってきた女を迎え入れてくれる物好きなどいないだろう。
普通の幸せなど今更望まないし、望めない。
刀を取ると決めたあの日から、私の人生は決まっているのだ。


「なあ、なまえ。剣士として綺麗に死ぬぐらいなら、どんな姿になってもいいから生きて戻って来い。」


思わぬ言葉に顔を上げた瞬間、少し強めの風が吹き抜けた。
反射的に目を瞑ると、温かい手が私の乱れた髪を整えるように梳く。

ゆっくりと目を開けると、やけに真剣な顔をした師範と視線が絡み合った。



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