風柱とストーカー撃退訓練


26_斜光
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「血塗れだろうが、四肢が千切れようが、目ん玉潰れようが、腹に風穴空いてようが、どんな姿になっても生きて戻ってこい。約束しろォ」


真っ直ぐ私の目を射抜く師範の双眸は、決して鋭いものではなかった。
ただ、拒否することなど許さないとでも言うような強い視線が感じられた。


「腹に風穴空いたら死んじゃいます」

「うるせェ気合いで生きろ」

「ええー……」


私がはぐらかすようにそう答えると、師範の眉間に皺が寄せられる。
視線を外してお茶を啜ると、師範が短く溜息を吐く音が聞こえた。

私の生を望んでもらえることは嬉しい。
けれども、確実な約束などできないのだ。

鬼を滅殺する。鬼舞辻を倒す。
それが私の生きる意味。
家族を失ってから今まで、ずっとそう思って生きてきた。

では、その先は?
使命を全うした時、私は何のために生きるのだろう。

その先を想像することはとても恐ろしかった。
まるで明るい未来など想像できなくて、自分が誰かに必要とされているとは到底思えなくて。
それならば、命を投げ出す覚悟を持った方がずっと楽で。

無意識にぎゅう、と目を瞑れば暗闇の世界に沈む。
まるで私の行く先を暗示しているようだ。


「……お前の居場所なんざ俺がいくらでも作ってやる。だから生きて戻ってこい」


私の考えを見透かしたような優しい言葉と共に、師範の熱い掌が私の肩を抱き寄せた。
そのまま師範の肩に凭れてみれば、大きな手が再び私の髪を梳く。
鼻腔を擽る香りは、このお屋敷に来てから随分と嗅ぎなれた心安らぐものだ。

願わくば、ずっとこの人の隣に居られたなら。
叶わない願いだと分かっていても、そう望まずにはいられなかった。


「師範、抱き締めてもらっても良いですか。……できるだけ、強めに」


師範は何も答えず、身体ごと私の方へ向き直る。

固定された左手に気を遣いながら、傷だらけの腕が背中に回されていく。
動作のひとつひとつに彼の優しさが滲み出ていて、また心に熱がじんわりと広がった。
右腕だけで私も抱き締め返せば、それを合図に師範の両腕に徐々に力が篭る。

師範の身体によって押し潰された私の胸から、溜息にも似た深い呼気が漏れた。
少し苦しいぐらいに込められた力が却って心地良い。
ぐり、と私の頭に寄せられた彼の頬が柔らかくて、それがなんだかとても可愛らしく感じられて、思わず笑みが零れる。


「生きて、戻ってきたいです。この場所に。」


この束の間の安らぎを目一杯吸い込んで、私たちはまた修羅の道を共に駆けて行く。

それでも充分過ぎるほど、幸せだと思えた。



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