風柱とストーカー撃退訓練


27_にじり寄る感情
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固定具が外れてから、私は機能回復訓練のため蝶屋敷に通いでお世話になっていた。
療養中も自力で柔軟はしていたものの、左腕をまるまる固定していたため、筋肉が凝り固まっている部位もある。
流石に師範に身体を揉みほぐしてもらう訳にも行かず、蝶屋敷の可愛い娘さんたちにお力をお借りしている。

最近は鬼の出現頻度も以前同様に戻りつつあり、柱である師範は担当地区の警護や任務でまた忙しくなり、お屋敷で私の面倒を見続ける訳にも行かなくなっていた。

相当心配されているのか、師範は藤の花の家紋の家に寄ること無く毎朝お屋敷に帰ってきてくださり、仮眠を取ってから私を蝶屋敷へ送り届け、またその足で任務に向かうという日々を続けている。


「もうそろそろ任務に同行できると思います。今日はしのぶ様がお相手してくださるそうなので、復帰許可をいただけるようお話ししてきますね」

「無理はすんじゃねェぞ。半端な状態で復帰してまた治療に逆戻り、なんてことになったら分かってんだろォなァァ…」

「心得ておりますううう」

「よし。じゃあ行くぞォ」


毎日送っていただくのがあまりにも申し訳なさすぎて辞退を申し出たのだが、水柱様のフトモモ事件からますます過保護になった師範が顔で圧を掛けてくるので逆らえない。

この人に逆らうよりも、一日でも早く身体の機能を回復させることに努めるのが懸命だと判断して……などと言い訳をつけて、結局また私は師範の厚意に甘えている。

厠寄ってくから先に表出てろォ、という師範の言葉に従って、私は先に玄関へ向かった。

今日は隊服を身に纏っているので革靴を履いて紐を編み上げる。
軽く踵で地面をとんとんと蹴ると、身体に馴染んだ感覚に復帰への焦燥感が湧き上がった。


「…一緒に行きたいなあ」


怪我をする前と後では師範と共にいる時間が減ってしまった。
蝶屋敷の前で別れる際はいつも寂しい。
まるで外出する母親に置いていかれる子供のようだ。

師範も過保護だが、私も大概依存してしまっている。
あまりにも踏み込み過ぎてしまうと万が一の事があった時に辛いと分かっているものの、この感情を抑制する方法もなかなか見付けられないでいる。


兎にも角にも、本日中に復帰許可が下りると良いなと思いながら玄関の戸を引くと、すぐ目の前に水柱様が無表情で佇んでいた。

思いの外近い距離に、叫び声を上げるより後退するより先に防衛本能が働いた私は、目の前の彼に思いきり頭突きを入れてしまった。



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