風柱とストーカー撃退訓練


29_柱合会議の夜
..........


”母さんは悪い鬼なんかじゃなかったのよ…どうして実弥は母さんを殺したの?”

”にいちゃんは良い鬼と悪い鬼の違いも分からないの?”

”母ちゃんは俺たちを喰ってなんかいなかったのに!”

”なんで母ちゃんを殺したんだよ!人殺し!人殺しーッ!!”





「!!!」




そこで意識が覚醒した。
視界に飛び込んできた天井は古びた長屋のそれでは無く、柱に昇格した際にお館様より賜った屋敷の見慣れた木目だった。
宙に翳した手は傷だらけの武骨な手で、呼吸も日輪刀の存在も知らなかったあの頃の幼い手ではない。
そのままだらりと下ろした手の甲を額に強く押し付け、先程の悪夢を振り払おうとぎゅっと目を閉じた。


”善良な鬼と悪い鬼の区別もつかないなら柱なんてやめてしまえ!!”


日中の忌まわしい記憶が蘇る。
どうやらあのガキのありがたいお言葉のお陰であんな夢を見たらしい。


「クソッ……」


未だに大きく拍動する音が頭の中で反響し続ける。
額に滲んだ汗を拭っても、纏わり付く忌まわしい記憶を払うことは出来ない。

横着に布団を蹴り上げて身体を起こし、自室を出る。果たして自分はこんな繊細な気色の悪い男だったのか。
自嘲気味に息を吐きつつ、ひんやりとした床板を踏み進めていると、火照った身体の熱がほんの少しだけ冷めていく。

喉を潤し、口の端から零れた水を乱雑に拭う。
このまま自室に戻る気に到底はなれなかった。
再び眠りにつけば、あの夢に引き戻されるのだろうか。

悪夢が怖くて眠れないだなんてどうかしている。

情けない思考ばかりする頭を冷やそうと、夜風を求めて縁側に出ると、そこには先客がいた。


「…師範?」


いつかの任務終わりの姿のように、月明かりを纏ったなまえの姿がそこにあった。


「……眠れないのか」

「はい、なんだか目が冴えてしまって」


思わぬ合致に無意識に安堵の息が漏れる。
黎明を切望するこの長い長い夜に独りでは無いこと
を純粋に喜んでしまった。
なんとも情けないが、なまえが今ここに居てくれたことで救われた気持ちになる。

縁側に腰掛ける彼女の隣に自分も腰を下ろし、目を閉じて微かに吹き付ける夜風に感覚を研ぎ澄ませる。
緩く柔く体温を奪っていく風が心地良い。

何となく、歌わねえのか、と聞けばなまえが微かな声量で音を紡ぎ始める。
以前聴いたものとはまた違う旋律だ。
甘く響くその歌に暫く目を閉じたまま酔いしれていれば、先程の悪夢が夜の闇に溶けていくような気がした。


そのまま暫く時を忘れるように佇んでいると、不意に歌が途切れる。

お願いがあるのですが、と話し掛けられ、瞳を閉じたまま何かと問えば、なまえの口から頭が痛くなるような言葉が飛び出した。


「今夜だけ、私と一緒に眠っていただけませんか」

「……あ"ァ!?」

「も、勿論いやらしいことはしないって誓います!」

「そりゃ男の台詞だ阿呆ォ」

「……ダメ、ですか…?」



---------------
■カイネ/救済 - Emi Evans

←prev  next→
back

top