30_月光だけが見つめていた
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こちらを伺い見るなまえの表情が、どことなく俺を気遣っているように見える。
もしかするとなまえは俺の異変を感じ取っているのかもしれない。
普段であればこの天然娘に説教して即自室に帰しているところだが、今日の俺は少しおかしい。
態とらしくため息を吐き、なまえの腕を取って立ち上がる。
「来い」
俺自身がなまえに相当甘いという自覚はあった。
だが、甘やかされているのは存外俺の方なのかもしれない。
不安定な情緒を察し、あまつさえ俺を立てるような形で宥めてもらうとはなんとも情けない。
そう思いつつも、なまえのこの気遣いを無駄にするのも忍びない。
誰に見られている訳でもないしなまえが他言するとも思えない。
そんな山ほどの言い訳を用意して、俺はなまえを布団に招き入れた。
「師範、もうちょっと下にずれていただけますか?」
「あァ?」
「もうちょっと」
「………」
「もうちょっと」
「……おい」
向かい合った状態から、なまえに言われるがまま枕から頭が落ちそうになる位置まで下がると、白い腕が俺の首元に差し込まれる。
目の前にはなまえの寝巻の合わせ。
コイツ、本当に俺が男だってことを全く意識してやがらねェのか。
改めてその事実が突き付けられているようで、今度は心の底から沸いて出たような溜息が零れた。
「嫌ですか?」
「だから普通逆だろォ。何で女のお前が腕枕してんだよ」
「……今夜は私のために一緒に寝てくれるって約束でした。私はこうした方が寝やすいのですが、ダメですか?」
「…………チッ」
半ば諦めの境地に達した俺は、大人しくその体勢を受け入れることにした。
何度自分に言い訳したかわからないが、兎に角今日の俺はおかしいのだ。
今夜だけはこの情けない自分を容認してしまえ。
そう自分に言い聞かせながら目を閉じれば、ゆるりと眠気が襲ってくる気配がした。
無言の時間が続き、やがて互いの規則的な寝息がだけが部屋に響く。
誰かの体温を感じながら眠りにつくのはいつぶりだろうか。
そう考えながら微睡んでいたところで、なまえの手が俺の前髪をそっと避ける感触がした。
次いで額に温かく柔らかいものが押し当てられ、ちゅ、と軽い音を立てて離れていく。
幾度か髪を撫でられた後、その手は滑り降りて背中に回される。
そしてほんの僅かに抱き寄せられるように力が込められた。
再び規則的な呼吸音だけが部屋に響き、俺は漸く何が起きたのかを理解した。
「(〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!)」
なまえは寝惚けていたのか、それとも覚醒した意識の上で行われた行為だったのか。
確かめる勇気も気力も持てないまま、俺は狸寝入りを決め込む。
ばくばくと拍動するこの鼓動がなまえに気付かれないことを願いながら、待ち侘びた睡魔に喜んで意識を沈めた。
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