31_陽光だけが見つめていた
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自然と開いていく瞼の隙間から薄明かりが侵入する。
内容は既に覚えていないが、随分と穏やかな夢を見ていた気がした。
普段は全く気にも留めない鳥の囀りさえも心地よく感じつつ深く息を吐くと、段々と意識が覚醒していく。
「(柔らけェな…)」
俺がいつもと違う目覚めを迎えることとなった要因である張本人は未だ眠りの中にいる。
細身とは言え、鬼殺の剣士として必要な筋肉は付いているなまえが一晩中俺の頭を支え続けてくれていた。
そしてその上に走る薄い脂肪がこの魅惑的な感触を生み出しているのだろう。
頬の下に走る感触に擦り寄ってみても、なまえが目を覚ます様子は無い。
随分とまあ熟睡しているようで、全くもって警戒されていないことを再認識し少しばかり苛ついた。
男と女であるということを意識しているのはやはり自分だけなのだろう。
近付けば近付くほどなまえが魅力的な"女"であることを生々しい程に知ってしまい、これほどまでに葛藤しているのは自分だけなのだと思い知らされる。
勝手な苛立ちをぶつけるように彼女の頬を軽く摘んでみても、寝息がふしゅ、と音を立てて漏れただけだった。
そんな少し間抜けな姿が愛らしく、摘んだ部分を緩く撫でると、その滑らかな感触に無意識に溜め息が漏れた。
何処も彼処も柔らかい。
光沢のある艶髪も、この手に収まる白い頬も、数度抱き締めたことのある細身の身体も。
昨夜俺の額に触れてきた、この唇も。
親指でそっとなまえの下唇を撫でると、頭の芯がくらりと溶けるような錯覚を覚える。
この行為が間違っていることは分かっていたが、止まることはできなかった。
吸い寄せられるようにそこに己の唇を押し付ける。
昨夜額に感じた感触よりもずっと柔らかく感じられ、堪能するように何度か軽く食めば、得も言えぬ幸福感に満たされた。
間違っている。
自分のこの行動は間違っている。
分かっていても、この瞬間だけでも、なまえを手に入れたいと思ってしまった。
名残り惜しさを振り払いながら、なまえが目覚める前に、音を立てないようにゆっくりと離れる。
先程まで熱に触れていた唇が外気に晒され、火照った頭と共にゆっくりと冷えていく。
「……お互い様、だからなァ」
そんな言い訳じみた台詞を吐いて、未だ規則的な寝息を立てる彼女を起こさないようにそっと布団から抜け出した。
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