風柱とストーカー撃退訓練


32_君がいてくれたら
..........


「すまないね、実弥。また呼び立ててしまって」

「とんでもありません。お館様からのお呼出しとあれば何時如何なる時も馳せ参じる所存です」


なまえの隣を抜け出した直後、鴉から伝令を受けた俺は再び本部に戻っていた。
柱合会議翌日にひとり召集されるという特異な事態に少しばかり緊張していたが、義勇のことなんだけれど、と話を切り出され思わず脱力しかける。


「実弥となまえには苦労を掛けてしまっているよね。ごめんね。」

「いえ……冨岡の奇行はお館様も把握されていらっしゃったのですね。」


奴の日頃の言動を”奇行”と言いつつ、自身の昨夜から今朝にかけての行動も褒められたものではないなと苦虫を噛み潰す。
お館様はそんな俺の心中も見透かすように、優しい笑い声を漏らされた。


「義勇はすぐに一人で後ろを向いてしまう子だろう。誰かに恋心を抱くことは、あの子の心の成長になると思うんだ。誰かを愛する、愛してもらいたいと思えることは、自分自身の価値を認めるきっかけになるからね。何もなまえに義勇を受け入れてほしいと言っているわけではないよ。失恋だって立派な成長の機会になる。だから…義勇には今は精一杯恋をしてもらいたいんだ。
……それに、なまえには実弥が着いているから安心だろう?」


含みのあるお言葉に何と返すべきかと戸惑う。
隊士一人ひとりに心を砕かれているお館様がある程度の事情を察していらっしゃることは承知の上ではあるが、この件に関しては叶うことならば未だ隠しておきたかった。
一体何処まで把握されていらっしゃるのだろうか。
言い淀む俺を包み込むように穏やかな笑みを深められたお館様が、再び言葉を紡ぐ。


「流石になまえのために少し動かなければいけないかなと思っていたときに、実弥がなまえを継子として迎えてくれたんだ。流石だね。下の子の面倒をよく見てくれる実弥にはいつも感謝しているよ。本当にありがとう」

「身に余るお言葉をいただき恐縮です」

「……鬼殺隊に身を置く以上、どうしても目の前で命が溢れていくことは避けられない。何度経験しても慣れることなんてない痛みだ。でも、大事な人が新たに出来ることは決して悪いことじゃない。命懸けで日々戦ってくれているきみたちにだって、恋心を封じ込める必要なんてないと私は思っているんだよ。」


明らかに冨岡に対してのみ向けられているわけではないそのお言葉に、相変わらず俺は何を返すべきか分からなかった。


「なまえには実弥が必要なんだ。…あの子もいつか自分の口で、実弥に話すべきことを伝えられる日が来る。それまで、隣で支えて待っていてあげてほしい。」


きっとこの御方には俺が今抱える不安も葛藤もお見通しなのだろう。
全てをわかった上で優しく宥めるように言葉を紡ぐお館様には、やはり一生頭が上がらないと再認識する。


「なまえのこと、鬼殺隊のこと、これからも宜しく頼むね、実弥。」

「…御意」



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