風柱とストーカー撃退訓練


33_待ち合わせは縁側で
..........


磨き上げられた道場の床を蹴り、ひらひらと舞う可憐な蝶を必死に追う。
その美しい姿に少しでも近づきたい。
私も貴女のように舞いたい。

羨望とともに顎を伝う汗を軽く拭いながら集中を高める。
がむしゃらに追って捕らえられる相手じゃない。頭を回せ。
力を足に溜め、しのぶ様が方向転換のため少し速度を落とした瞬間に一気に詰め寄る。
身体は無理だったが右手が羽織の裾を捉えたところで止めの声が掛かった。

途端に膝が崩れ落ち、どっと吹き出す汗を床に落とさないように天井を仰ぐと、頭上から美しい声が降り注ぐ。


「ばっちりですねなまえさん。今日から任務に復帰して構いませんよ。」

「あ、りがとうござい、ます、しのぶ様…」


息も絶え絶えになんとか言葉を返すと、にっこりと微笑むしのぶ様の笑顔が眩しい。
汗一つかいていないご様子を見ると相当手加減していただいていたことがわかる。
まだまだ追いつけない。追いつきたい。
手本にすべき存在がこんなにも近くにいてくださる。
柱直々に機能回復訓練のお相手をしていただけるなんて贅沢者だなあと思いながらこの果報を噛みしめていると、更に驚くことが起こった。


「なまえちゃん凄いわねー!しのぶちゃんの速さに着いていくなんて流石不死川さんの継子だわ!」

「恋柱様…、じゃなくて、蜜璃さん!お久しぶりです!」

「久しぶりー!しのぶちゃん、お邪魔してます!」


道場の入り口からひょっこりと顔を覗かせたのは蜜璃さんだった。
蜜璃さんとは偶然甘味処でお会いしてから親しくなり、定期的に手紙のやり取りをする仲だ。
始めは恋柱様とお呼びしていたが、畏まられると悲しいわ〜…とあの可愛らしいお顔でうるうると懇願されて以来、馴れ馴れしくもお名前で呼ばせていただいている。

そういえばしのぶ様にも師範にも蟲柱様・風柱様と呼んで堅苦しいと一蹴されたことを思い出した。
柱の皆様は結構気さくな方が多いのかもしれない。
そう考えていると、以前接吻を迫りながら名前呼びを強要してきたある柱のことまで思い出してしまい、脳内で全力で記憶の片隅に蹴り飛ばす。

ぶんぶんと頭を振っていると蜜璃さんが不思議そうな顔をしながら、今大丈夫かしら?と話を切り出された。


「実はしのぶちゃんのお屋敷の近くに美味しい和菓子屋さんがあってね、さっき桜餅を沢山買ってきたのよー!ね、ね、ちょっとだけ女子会しましょうよ!」

「まあ、ありがとうございます!それではお茶を淹れてきますね。カナヲにも声掛けしても良いでしょうか?」

「勿論よー!私が声掛けてくるわ!さっきお庭にいたから」


以前しのぶ様とお話ししていた女子会がまさか今日実現されるとは思っていなかった。
浮立つ気持ちと、一人だけ汗だくで気恥ずかしい気持ちで苛まれているとしのぶ様が私の二の腕をつんつんと突付いた。


「なまえさん、出て左の個室にお湯と手拭いを用意してありますから使ってくださいね」

「至れり尽くせりで恐縮です…!」

「では、皆さん各々準備ができたら縁側で」



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