風柱とストーカー撃退訓練


37_雨曝し
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湿気た空気が満ちる薄墨色の空模様の日は気分が落ち込む。
いつ雨が降るか分からないぐらいなら、いっそ土砂降りの方が好ましい。
足元の泥濘みは移動にせよ鬼狩りにせよ快晴のときよりも幾許かはやり辛くなるのだから、始めからそのつもりで動ける方が幾分かマシだと常々思っていた。

そしてこんな日に限って珍しくなまえとは別々の合同任務の指令が入る。
気が滅入る日に限って別行動せざるを得ないとは。
苛立つ気持ちを抑え、そちらの任務が終われば迎えに行くから必ず連絡するようにと念を押すと、この弟子は戸惑いの表情を浮かべやがった。


「任務終わりに来ていただくのは申し訳なさ過ぎます…。流石にこのお天気ですし変態も大人しくしてるのでは?」

「あ"ァ?濡れそぼったお前も愛いなとかなんとか言って湧いて出るかもしれねぇだろォがァ」

「師範なんか悪影響受けてません!?」


本来であればあまりこの言葉は使いたくないのだが、上官命令が聞けねぇのかァ、と睨みつければなまえはシュンとした顔で了承する。
その顔も出来れば外ではすんじゃねぇぞと付け足しておいたが、いまいち分かっていない様子だった。

察しが良いのか悪いのかわからないなまえに翻弄されるのはいつものことだと思いながら、ささやかな仕返しとして前髪に口付けてやれば、赤面して慌てふためきながらまた訳の分からない文句を付けて来る。

その様子に溜飲が下がり、さっさと終わらせて帰ってくんぞォと声を掛け共に各々の任務へと出立した。



ーーーーー



「………遅っせェ」


早々に対象の鬼を狩り終えて先に屋敷に戻っていたが、待てど暮らせど連絡は来ない。
辺りは薄明るく、日が昇り始めている。
余程厄介な任務だったのだろうか。
連絡も出来ないほど負傷しているのだろうか。
じわりと浮かんだ嫌な予感を振り払い、ただなまえの無事を祈った。

そんな俺の気も知らず、玄関から物音が聞こえてくる。
ふつふつと沸く怒りを床に叩き付けながらその場所へ向かえば、明け方にかけて激しさを増した豪雨によって濡れ鼠になったっであろうなまえが、玄関先でぼうっと佇んでいた。


「おいコラふざけんな迎えに行くって言ったろォが。終わったら鴉飛ばせってあれほど…!」


連絡無しの朝帰りをかました不良娘に懇々と説教を始めるつもりだったが、普段とあまりにも違う様子に言葉を切る。
唇を引き結んで立ち尽くしているなまえからは、絡繰人形を想起させるほど生気が感じられなかった。


「なまえ?どうした……」

「………なに、も…」

「冨岡に何かされたか?」

「…………………」


ふるふると首を振るなまえは嘘を吐いているわけでは無さそうだ。
この様子の原因が冨岡ではないということであれば、任務中に何かが起こったと考えるのが妥当だろう。


「……来い」


ひとまず冷えた身体をどうにかするのが先決だ。
立ち尽くすなまえを屋敷へ上がらせようと、雨水の滴る白い手首を取った。



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