39_陽だまり
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自分の無能さが許せなかった。
辛くて
痛くて
寒くて
いっそ消えてしまえたら。
私の存在ごと雨に流れてしまえたら。
そう願いながら、雨音に掻き消されていく古の歌を口ずさむ。
でも、いつからか雨が途切れて。
優しくて
暖かくて
自分の穢れが許されたような気がして、無性に泣きたくなった。
陽の射すこの場所にずっと留まっていられたらどんなに良いだろうか。
何度でもこの場所に帰って来られたらどんなに幸せだろうか。
頬を滑る熱に擦り寄ると、徐々に意識が浮上していく。
「目ェ覚めたか」
「……師範…」
「よく眠ってたな」
「…あったかくて、つい」
未だ意識が夢と現の狭間にある。
夢なら、もう少しこのままでいられたら。
ぼんやりとした頭で目の前の胸板に擦り寄ると、いつもこれぐらい甘えて来りゃいいのになァ、という甘い声と共にこめかみに湿った柔らかい感触が降ってくる。
水音と共に離れたその熱の正体を理解すると同時に意識が覚醒し、師範の胸元から顔を上げながら今何時ですか寝坊しました申し訳ありませんごはん作ってない!!と勢い良く言葉が流れ出した。
今日は二人とも非番になったから落ち着け、と告げられ、慌てているのはそれだけが理由ではなかったのだが、師範の落ち着きっぷりに私もつい脱力してしまった。
「もう少し寝るかァ」
「ん…でも、」
「お前抱えてるとよく眠れるんだよ」
ふあ、と欠伸をしながらまたそんなことをさらりと言う。
何度もご自身の色気を自覚してくれと表現を変えて頼んできたつもりだったが、全く伝わっていないことがよく分かる。
最早諦めの境地に達した私は、自分の素直な気持ちもつい口にしてしまった。
「私も…師範と一緒だとよく眠れます」
そりゃ良かった、と笑った師範がまた私の髪を梳き始めた。
以前、境内で白柴と戯れているお姿を見掛けたことがあるが、そのときと同じ表情をされている。
師範にとって私はよく懐いている野良犬と同列の感覚なのだろうなと思うと複雑な心境だ。
私が師範を男性として意識していることを知っていながら残酷なことをする人だなあと思いつつ、固い掌が髪を撫でるその心地よさに再び瞼が重くなった。
この日から、私と師範が同じ布団で眠りにつくことが増えていった。
変態に遭遇して私が不安定になった日、任務で二人共に消耗した日、翌日が非番で一緒に晩酌をした日。
特別何もない日でも、私達は寄り添って眠るようになった。
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