風柱とストーカー撃退訓練


40_瓦解するルーティーン
..........


同じ布団で眠りについた日は、なまえが俺より先に目覚めることは絶対に無かった。
本人曰く、筋肉量の多い俺の体温が高くて心地良く熟睡してしまうのだとか。
それを良いことに、俺は毎度夢の中にいるなまえに勝手に口付けることが習慣化してしまった。

この間違った行為を、いつかなまえに気付かれてしまったら。
彼女が自分の元を離れていってしまうのではないかという恐怖と、彼女に気が付いてほしいという勝手な感情に苛まれながら、俺は今日も過ちを犯す。


「なまえ、悪ィ…」


我ながら勝手な男だとは思う。
罪悪感から無意識に発した俺の声に反応したのか、唇が触れ合う直前、なまえの瞼が薄く開いたことに気付いた。

気付いたからこそ、俺は止まれなかった。


「っ!、…んぅ……」



これで最後になるかもしれない。

そう思うとすぐに離れることはできなかった。
戸惑うなまえの身体に乗り上げ、髪を撫でながら唇を押し付け続ける。
何度も啄み、吸い上げ、この感触を脳に焼き付ける。
寝起きで混乱しているであろうなまえが大した抵抗をしないのを良いことに執拗に口付けていれば、合間になまえが荒い息を漏らしていることに気がついた。

いい加減離れなければと僅かに身を引いたとき、それを察したなまえが追いかけるように俺の下唇を啄む。


一瞬、思考が停止した。


何が起きたのか理解した刹那、今まで必死で抑え込んでいたものが音を立てて瓦解していく。


舌で唇を割り口内を犯せば、なまえが意思を持って応えてくる。
失いたくない、失うかもしれないと思っていたものが、今確かにこの手中にある。
その事実に言いようのない感情がせり上げ、固く閉じた瞼から堪えきれずに溢れ出た雫がなまえの頬を濡らした。


「…し、なずがわ…さ…」


師範、と呼ばないのはなまえなりの気遣いなのだろう。
弟子に手を出す愚かな師であるという事実を、今この瞬間、俺に突きつけないために。
やはり甘えているのは俺の方だ。
荒い吐息を漏らしながら俺の頬を拭うなまえの指を絡め取り、布団に縫い付ける。


「名で呼んでくれ、なまえ……」


我ながら情けない声しか出なかった。
縋るように彼女の首筋に顔を埋めてその香りを肺一杯に吸い込んでいると、あの夜のようにゆるく髪を撫でられる。


さねみ、さん


愚かさを全て寛容するような声色で、愛しい女に耳元で名を囁かれる。

その甘やかな響きに、理性も何もかも奪われて行った。



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