42_不穏
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「おーいたいた!探したぜお二人さん」
任務明けの日中、なまえと家路を辿っていると派手な装飾品に身を包んだ男が音もなく姿を現す。
厄介な変態の出現ではなかったことに一瞬安堵したが、その考えは即座に撤回した。
気色悪いほど爽やかに笑う目の前の男の様子に、明らかに碌な用件では無いことを察してしまったからだ。
「なまえちゃん、ちょーっと旦那借りるな」
「あ”?おい引っ張んな」
「え、は、はーい?…師範、此処でお待ちしてますねー…?」
無視して素通りしようとしたが太い腕に捕らえられずるずると路地裏に引っ張りこまれる。
無理やり引き剥がすことも出来るが、今は任務明けで正直眠い。面倒くせぇ。
話だけ聞いてさっさと帰路に着こうとぼんやり考えながら宇髄が口を開くのを待つと、やはり碌でもない内容が語られた。
「遊郭の潜入任務であの子を借りてぇんだが」
「却下だァ」
「即答かよ。なまえちゃんならどこの店でもすんなり潜入できるだろー!頼む不死川!俺とお前の仲だろぉ!」
「却下だァ」
誰が惚れた女を遊郭に潜入させることを了承するものか。
てめぇの嫁を連れて行けと言えば、既に潜入しているものの連絡が途絶えたのだと言う。
宇髄にとっても緊急事態なのだということは分かるが、それでも承知する訳にはいかない。
執拗に食い下がってくる宇髄を睨み付ければ、おーおーこわいねぇと棒読みの白々しい台詞と共に視線を逸らされた。
「なんだよ、まさか遂にお前のもんにでもしちまったのか?」
「……………」
「まじかよ」
疲労と眠気で思考が回らず、つい沈黙してしまった。
ここから誤魔化そうにもそれが通用しなさそうな相手だ。
自分の悪手を心底呪う。
項垂れていると慰めるように肩を叩かれ、余計に苛立ちが募った。
「大っぴらには言われてねぇが、実際歴代の柱でも偶にある話だったらしいぞ。継子を嫁にするぐらい問題ねぇよ多分。」
「るせぇ!勝手なことばっか言ってんじゃねェ!」
「でも恋仲にはなったんだろ?」
「……わっかんねェんだよ……アイツがどう思ってんのか」
「は?」
「だぁあああ忘れろォ!眠ィから早く帰らせてくれェ潜入任務は兎に角却下だァア!!」
「不死川……今度飲むか?ゆっくり話聞くぜ」
墓穴を掘っていく自分にほとほと嫌気が差す。
自分でも大袈裟だと思うほど盛大に溜息を吐いた瞬間、絹を裂くような悲鳴が響いた。
「おい今の声、」
「……!…なまえっ!!」
その声の持ち主が分かった瞬間に眠気が吹き飛んでいく。
身体が跳ねるように動き、即座に元いた場所への道を駆ける。
初めに視界に飛び込んできたのは黒髪をひとつに括った亀甲柄の羽織の背中。
その向こうに見えたのは、尋常でない程に泣きじゃくっているなまえの姿だった。
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