風柱とストーカー撃退訓練


45_磨硝子越しの願い
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屋敷に戻る頃にはなまえも平静を取り戻していた。
もう歩けるから下ろしてくれと懇願して来たが、その要求を跳ね除けて自室まで運び込む。

畳に下ろしてやった途端に気恥ずかしそうに俯いてそそくさと正座する様に、いつもの調子が戻ってきたなと少しばかり安堵した。
顔を覆ってあーだのうーだの唸っているなまえに向き合うようにして座り、両手を解かせてそっと握れば、泣き腫らした赤い瞳と視線がかち合う。


「なまえ、すまねぇ。俺のせいであんな思いさせちまった。あのときお前を独りにしなけりゃ良かった…」

「そんなこと…!いつも助けてくださって、ありがとうございます。」


無理に笑おうとするなまえの顔を覗き込むと、微かに瞳が揺らぐ。
やっぱり未だ怖がってるじゃねェか。
勿論、火種を作った張本人である俺にそんなことを言う資格は無いのだが。


「そもそもお前に許可無くあんな痕残して…本当に悪かった。」

「………気付きませんでした」

「そんな権利、俺にはねェのになァ。俺の……勝手な、くだらねえ独占欲だ」

「……………」

「すまなかった」

「……さ、実弥さんの、もの、ですよ…わたしは」

「……………は、」

「さっき、あんなに取り乱したのは、怖かったのは、」


何かとんでもない言葉が飛び出した気がしたが、俺の追求を遮るようになまえが口早に捲し立てる。


「あ、あの人にあれ以上のことをされてしまったら…貴方に、嫌われるんじゃないかって……。もう二度と、実弥さんに、触れて、もらえなくなるんじゃないかって、思って……」


なまえの紡ぐ言葉一つ一つに、脳が甘く痺れるような感覚に陥った。
握っていた白い手を自身の首元に導き、来い、と声を掛ければ素直にぎゅうとしがみついて来る。
その身体を当たり前のように受け止められることにすら、とてつもない喜びを感じてしまう。


「どうしても、離れたくないんです……」


それはお互い様だ。
そう思いながら、自分よりもずっと細く柔らかい肩に顔を埋め、はあ、と熱い息を吐く。
再びすすり泣く声が漏れ聞こえてくるが、今はその響きさえ愛おしい。

背中を一撫でしてから腕の力を強めればなまえも力を込め返してくる。
こんな甘い時間を享受するようになるとは、少し前までは考えられなかった。
本来はお互い毎夜戦いに身を投じ、命をすり減らし、鬼の殲滅を至上命令としている立場だ。
そうであるのにも関わらず、一度触れてしまってからはどうにも離れ難い存在となってしまった。


「……余計なことは考えるな。お前はずっと俺の隣にいろォ、なまえ」

「っ、はい……」


今の俺達の間に、好きだの愛してるだのという言葉は決して交わされない。
だがお互いの気持ちは通じ合っている。
それは自惚れではないはずだ。

どうかそうであってくれと願いながら、甘い香を漂わせる首筋に唇を押し付けた。



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