風柱とストーカー撃退訓練


47_朝露
..........


先程まで命の危機に瀕していた隊士達の動きが見違える程素速くなる。
二体の鬼の爪を軽々と躱し、互いを切り合わない正確な太刀筋で鬼の身体を刻んでいく。
あれ程の動きができるのであれば、彼らの階級はもっと上でもおかしくないはずだ。
何が起きているのか未だに理解が追いつかない。
ただ、なまえの咆哮をきっかけに状況が一変したということだけは確かだった。


気が付けば鬼は既に討ち取られ、返り血に塗れたなまえが倒れ伏している。
周りの隊士たちも崩れ落ちるように地にへたり込み、地面に突っ伏しているか肩で息をしており、彼女に駆け寄る者はいない。


「なまえっ……!」


抜刀しかけていた日輪刀を鞘に収め、なまえの身体を抱き起こす。
血の気を失い蝋のように真っ白な頬を軽く叩き呼びかけるものの返答は無い。
首筋に手を当てれば僅かな鼓動は感じるが、その拍動が徐々に弱っていくように感じる。
それに反比例して自身の心臓は早鐘を打っており、掌に汗が滲んでいた。

俺は、また失うのか

その言葉が脳裏を過ぎった瞬間、顎を伝って落ちた汗がなまえの隊服に染み込んでいく。
ほどなくして駆け付けた隠に何か話し掛けられていた気がするが、全ての音が遠く聞こえ、何も情報を処理できない。
後は任せる、とだけ伝え、俺はなまえの身体を抱きかかえて闇を切り裂くように必死で駆けた。



ーーーーーーー



「胡蝶ォッ!胡蝶はいるかァ!!!」


薄明が流れ始めた頃に目的地に辿り着き、門戸を蹴りながら大声で呼び掛ける。
確実に家主に嫌味を言われる行為だと理解はしていたが、この事態に繊細な気遣いなどしていられない。
屋敷から顔を出した女は案の定眉間に皺を寄せていたが、両腕に抱えたなまえの姿を視認した瞬間、即座にこの状況を理解してくれたようだった。
敷地内へと招かれながら、仔細の説明を求められる。


「大きな外傷は無いようですが、一体何があったのですか」

「なまえが鬼を討った直後に突然倒れやがった…ッ!脈が弱まってる!コイツに何が起きてるかはわからねェ!!わからねェんだッ……」

「落ち着いてください。なまえさんをこちらに寝かせていただけますか?処置が終わり次第声を掛けます。出ていてください」


なまえを寝台に下ろした途端に有無を言わせぬ視線で制され、あっさりと閉め出される。
確かに俺が居たところで邪魔にはなれど何の役にも立ちはしないだろう。
理解はしていても、扉一枚隔てたこの状況すらもどかしかった。

月明かりを浴びた白百合の如く蒼白な顔が目に焼き付いて離れない。
今にも消え入りそうななまえの手を握っていられないことが、不安で仕方がない。

壁に背を預けてずるずると座り込み、無意識に祈るように組んでいた両手に額を押し付ける。


「なまえ、何処にも行くな……頼むから……」



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