48_夢現の花
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三日三晩眠り続けていたなまえが目を覚ましたとの報せが入ったのは、担当地区の警護を終え東の雲が僅かに明るむのを見つめていた時だった。
一刻も早くその事実を自分の目で確かめたい。
その一心で駆け付けた先に待っていたのは、寝台の上で上体を起こしたまま一言も言葉を発せず、虚空をぼうっと見つめるなまえの姿だった。
名前を呼び掛けても、身体は平気かと問うてみても、なまえの瞳に俺の姿は映らない。
「少し、良いですか」
呆然としている俺の背中に声を掛けたのはこの屋敷の主だった。
短く了承の返答をし、なまえの体温を確認すべく白い頬を一撫でする。
生きている。
今はその事実だけで良い。
指先からすり抜けていく熱に名残惜しさを感じつつも、胡蝶に促され、なまえに宛てがわれた個室を後にした。
「不死川さんも、本当は気付いているのではないのですか?」
「何の話だァ」
「補佐を得意とするなまえさんに定期的に単独任務が入っていた違和感にです。そして不死川さんのことが大好きなあのなまえさんが、貴方にすら何かを隠していること」
「…………」
単刀直入に話を切り出した目の前の女の顔を見る。
いつもの貼り付けたような笑みは失せ、真顔でこちらを見据えている。
「……単独任務の件は確かに気になっていたがお館様のお考えあってのことだろう。それに本人が話したくないことを無理やり聞き出す趣味は無ぇよ」
「冨岡さんのことを無理やり聞き出して強制的に継子にした人がそれを言いますか?」
「何が言いてェんだァ胡蝶ォオ…喧嘩売ってんのか?」
何故継子にした経緯を知っているのか。
その話を聞くほどなまえは胡蝶と親しくなっていたのか。
気になる点は山程あるが、何よりも胡蝶の煽るような物言いに苛立ちが募る。
感情のまま睨みつけたものの、視線の先の当人は涼しい顔をしていた。
「なまえさんが話さないのは、不死川さんを信用していないからではないと思いますよ」
「……………」
「話すのを躊躇うだけの事情がある。貴方が大切だからこそ、話すのが怖いんだと思います。本当は聞いてほしいのに、話す勇気が持てない。万が一拒絶されてしまったらと思うと言葉が紡げなくなる。女の子の秘密というのはそういうものです。」
薄っすらと笑みを湛えながらそう宣った胡蝶に、やはり俺はコイツが苦手だと再認識する。
年下ながらこちらの考えは見透かしていると言わんばかりの態度と口調に辟易し、無意識に深い溜息が漏れ出た。
「俺にどうしろってんだ……」
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