49_胡蝶の夢
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湿気た空気、苦手な相手との対峙、苦手な種の会話。
俺をうんざりさせる条件があまりにも揃いすぎている。
相変わらず不自然な笑みを湛える胡蝶から視線を外し窓を見やると、硝子に雫が走り始めていた。
「不死川さんから聞いて差しあげたらどうですか?何を隠してるんだーって。俺はお前を愛してるから絶対に離れないぞーって抱擁でもして安心させてあげれば良いですよ。」
「勝手なこと言ってんじゃねェエ!!何なんだお前はァ!!」
「あら、でも不死川さんだってなまえさんのことが大好きなんでしょう?」
「……………」
「無言は肯定と捉えられてしまいますよ」
本当に、本当にコイツと話すのはどうにも苦手だ。
自身の心を殺した作り物の笑顔、人の心を見透かしたような物言い。
これ以上話す必要は無いはずだと思い舌打ちをして背を向けると、執拗く声を掛けられ足が止まる。
「不死川さん」
「まだ何かあんのかァ」
「私もなまえさんが大好きだから……だから、心配なんです。彼女は強くて誠実で優しい人ですが、時折ふと何処かへ消えてしまいそうな儚さがある。」
雨足の強まる音が遠く聞こえる。
胡蝶の口から語られたなまえの印象は、自分が常々抱いていた蟠りと合致していた。
「彼女が羽を休められるのは不死川さんの傍だけだと思うんです。だから、貴方にしっかり捕まえていてほしいんですよ」
そう語る胡蝶からは笑みが消え、伏せられた睫毛の向こうで菫色の瞳が揺れていた。
なまえを心底気遣うひとりの友人の姿に、コイツの言葉は信頼しても良いのではないかという考えが浮かぶ。
何れにせよ、簡単に言ってくれる、という不満は拭えないが。
「カブト虫みてェに言いやがって」
「蝶に例えたつもりだったんですが」
とにかくお願いしますね、と有無を言わせぬ声色で再び笑みを浮かべた胡蝶に背を向け、盛大な舌打ちをして今度こそ部屋を後にした。
「(どいつもこいつも勝手なことばかり言いやがって)」
先程投げかけられた言葉を胸の内で反芻させる。
自分が今取るべき行動。
彼女に掛けるべき言葉。
ぐるぐると思考を巡らせながら歩みを進めていると、直ぐに元いた個室の前に辿り着いていた。
「……なまえ、入るぞ」
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