風柱とストーカー撃退訓練


50_告白
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先程退室した際と寸分違わぬ姿勢で佇むなまえの瞳には、相変わらず俺は映っていないようだった。
髪を撫で梳いてみても無反応だが、抵抗もされない。
そのままなまえの頭を自身の胸元に引き寄せれば素直に体重を預けてくる。
拒絶されている訳ではないと思っていいいだろうか。
半ば望みを掛けるように、俺は話を切り出した。


「……俺に話してねェことがあるな?」


ピクリとなまえの肩が微かに揺れた。
目覚めてから初めて見せた反応に思わず息を飲む。
言葉が届いている。
それだけでも今は無性に嬉しかった。


「今まで…お前が話したくないことは話してくれなくても構わねェと思ってた。けどなァ、それでお前が苦しみ続けるってんなら話は別だ。俺はお前に嫌われてでも、無理矢理聞き出すぞ。」


なまえの呼吸が口呼吸に変わる。
肩を上下させながら震えるように息を吐き出すなまえの背中を撫でると、なまえの手が俺の隊服を微かな力で握った。


「お前が何者だろうが……例え人間じゃなかろうが、どんな業背負ってようが関係ねェ。お前を傍に置くと決めたのは俺自身だ。何があっても見放したりしねェ。お前が嫌がっても捕まえておく。」


羅列した言葉の数々は不本意ながら胡蝶の影響を受けてはいたものの、俺の心からの想いに違いは無かった。
今まで共にしてきた時間を振り返れば、なまえが俺に告げずにいたことがあったとしても、そこに嘘はなかったと信じられる。
俺自身、母親殺しの咎を背負っていながらそれをなまえには打ち明けていない。
それでいてどうして今更なまえを拒絶できるだろうか。


「なまえ、俺は絶対にお前から離れたりしねェよ。約束する。」


未だ血色が良いとは言えない白百合のような頬を撫でると、なまえの白い手が重ねられる。
いつかのように掌を返してその手に指を絡めれば、期待通り僅かな力が返ってきた。
なまえの顔を覗き込むと、今にも泣き出しそうな苦々しい表情を浮かべている。
その揺れる瞳の中に、ようやく俺自身の姿が映った。


「……多分、とても、長くなります」

「ああ。構わねェ」

「まず、結論からお伝えしますね」

「ああ」


ひゅ、と息を吸ったなまえが一度唇を噛み締めた。
繋がれた手にもう一度力を込めれば、結ばれた唇が再び開く。

躊躇いながらも紡がれた音は弱々しかったが、その一音一音が確実に俺の鼓膜を震わせた。


「私は……呪われた”ウタウタイ”です」


窓を打つ雨の音が、俺達の間に流れる沈黙を静かに埋めていた。



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