風柱とストーカー撃退訓練


05_少し疲れました
..........


結局あまり眠れないまま、藤の花の家紋の家を出て帰路に着いた。
足取りが重い。身体の疲れも抜けず、更には昨夜の出来事が心に陰を落とす。

気にしない、と思えば思うほど胸に何かがつかえる感覚が強くなる。
こんなことで心を乱すなんて未熟者だ。なんて情けないんだろう。
そう思ってはまた自己嫌悪が強くなり、延々と暗い気持ちになっていく。

そんなことを考えながら歩いていたからか、前方から誰かが歩み寄ってきていたことに、直ぐには気付けなかった。


「なまえじゃねェか。久しいな」

「か、風柱様!」


声を掛けられて初めて、町中に足を踏み入れていたことに気が付いた。
何より風の呼吸の使い手として、最も尊敬して止まない風柱である彼の存在を、ここまで接近しなければ認識できなかったというのは甚だ問題だ。自分の情けなさを嫌悪しつつ、表情を引き締めた。


「その呼び方やめろっつったろ」

「そ、そうでした…。不死川さん。お久しぶりです。」


全く力の入っていない拳で額を小突かれ、引き締めたはずの表情が思わず緩む。
初めて合同任務で同行した際に、堅苦しい呼び方は好きじゃねェ、と言われたことを思い出した。
馴れ馴れしくされるのはお嫌いなのかと勝手に思っていたが、こうして偶然お会いした際は声を掛けてくださるし、同じ呼吸だからと柱稽古の際には個別に指導いただいたこともある。
厳しくも優しくもある彼は、剣士として憧れてやまない存在だ。


「……最近休めてないのか?」

「え?」


疲れてるだろ、と言いながら、不死川さんが私の左目の下の当たりをそっと親指で撫でる。
一目ですぐ分かるほど酷いクマでもできていたのだろうか。碌に鏡も見ずに出てきてしまって恥ずかしい。

そのまま顔周りの髪を耳にかけてくれた手が、ぽふ、と今度は頭に乗せられた。
じんわりと伝わるその熱が酷く優しく感じられ、いけない、堪えなければ、と思う間もなく涙が一筋流れてしまった。


「……………お前」

「っ、すみません、お見苦しいところを」


慌てて下を向いて涙を拭っていると、ふいに手を引かれ、町の中心地から遠ざかるように導かれる。

往来で突然泣いてしまった恥ずかしさと、優しく手を引かれる安心感と、申し訳なさとで感情がごちゃ混ぜになる。

絞り出すようにすみません、と呟き、そっと視線だけ上げて様子を伺い見ると、穏やかに笑みを浮かべた不死川さんと目が合った。


「本当に仕方ねェ奴だなあ、お前は」



←prev  next→
back

top