54_訣別の時
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ずっと隠し続けてきたことを全てを打ち明けた解放感と同時に、底知れない虚無感に襲われる。
師範は私が何者であっても傍に置いてくださると言ってくださった。
でも流石にそこまで図々しくは居られない。
「……私は仲間を死へ導く死神です。それなのに、自分の悲願を果たすために鬼殺隊に縋り付いている卑怯者です。」
「なまえ、」
「水柱様がおかしな行動を取るのだって、ウタの力の影響かもしれません。諸悪の根源は私かもしれないんですよ。……本当は、自業自得なのに。まるで自分が被害者かのような顔をして、優しい貴方に縋りつく最悪な女なんです。」
師範は顔を顰めながら口を開いては噤み、私に掛ける言葉を探しているようだった。
こんな時にさえ気遣ってくれる。
本当に優しい方だ。
だからこそ、私から彼の元を立ち去らなければ。
私から別れを告げなくては。
涙は流さない。
そんな権利は私には無い。
「っ、師範……私は、もう……」
貴方の隣にはいられない。いるべきではない。
そう思うのに、頭では分かっているのに、言葉が出てこない。
喉がからからに乾いて何の音も紡げない。
私から言うべきなのに。
言わなければいけないのに。
「それが、貴女がひた隠しにしていたことですか」
突如響いた凛とした声に次いで個室の扉を引いたのは、この屋敷の当主だった。
「しのぶ様…!?」
「テメェ、立ち聞きしてやがったのかァ」
「ここは私の屋敷ですが」
ぴしゃりと言い放つしのぶ様に普段のような笑顔はなく、明らかに怒りを滲ませている。
聞かれてしまった。
聞かれてしまった。
しのぶ様。
だいすきなしのぶ様。
気高く美しい、憧れの方。
傷ついた隊士を癒やし、再び立ち上がれるように寄り添う、女神のような存在である彼女
仲間の心身を蝕み、地獄へ誘う力を持つ、呪われたウタウタイである私
彼女のような美しい人に 私なんかが近付いてはいけなかったのに。
分かっていたのに近付いてしまった。
追い掛けてしまった。
普段は穏やかな笑みでご自身の感情を隠されているしのぶ様から、純粋な怒りに満ちた視線を送られている。
その事実があまりに辛く、視界の端から徐々に黒く塗りつぶされていくような錯覚を覚えた。
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