風柱とストーカー撃退訓練


55_蝶は花に歌う
..........


怒りを燻らせた彼女の口から零れたのは思わぬ言葉だった。


「冨岡さんはなまえさんに出会う前から既に頭のおかしい人でしたよ。」

「………え、」

「冨岡さんよりもずっと近い距離で多くの時間を貴女と過ごしている不死川さんを見てください。常識人のままではないですか。むしろなまえさんと過ごすようになってから人間味が増したと思いますよ。なまえさん、この事実はどう説明されるおつもりですか。」


怒っている。
確かに今、しのぶ様は怒っている。
それは間違いないはずだ。
ただ怒りの方向が予想とは少しばかり異なっており、戸惑いを隠せない。


「ウタなんて関係ない。なまえさんのせいなんかじゃない。絶対に。それは私が保障します。」

「しのぶ様……」

「あのお馬鹿さんのことなんて気にしなくて良いんです。あの人はただの生来の変態です。貴女はあの変態に好かれてしまった憐れな被害者です。心底同情してます。」

「……え、えーと………」

「なまえさんがウタウタイだと知ったら、私たちが拒絶するとでも思いましたか?……貴女を、殺そうとするとでも思いましたか?」


艶やかな紅が惹かれた唇から紡がれる美しい声色が徐々に震えていく。
そこで漸く、しのぶ様の大きな瞳に涙が浮かんでいることに気が付いた。
あまりの衝撃に詰まっていた言葉たちが濁流の如く溢れ出す。


「わ、私が、恐ろしくは無いのですか……気味の悪い、得体の知れないものに取り憑かれて、仲間の命を、尊厳を踏みにじって、私は、ウタウタイは、」

「なまえさんは本当に大馬鹿者ですっ……!今までの歴史がどうであろうと、貴女にどんな力があろうと、関係ありません!」


小さな身体が私の頭を優しく胸元に引き寄せる。
私よりもずっと小柄なしのぶ様の腕の中は暖かくて、臆病で卑屈な私の心ごと包み込んでくれるような気さえした。


「貴女は自分が犯したものでもない過ちまで悔い、自ら刀を取って戦う決意をした気高い人です。尊敬します。でも、そんなものを一人で背負う必要なんて無いんです。」


布団に落ちた雫は、私の瞳から流れたものだったか、しのぶ様の瞳から流れたものだったか。


「貴女は私のかけがえのない友人であり、私達の大切な仲間なのですよ。」


込み上げる涙で視界が歪み、それを確かめる術も、不安も、何もかも流れ落ちてしまった。



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