風柱とストーカー撃退訓練


58_焦がれる
..........


程よい疲労感の中、髪を梳かれる心地良さに目を閉じる。
私の頭を支えてくれているのは固い筋肉に覆われた逞しい腕で、この甘やかされ尽くしている状況があまりにも夢見心地で蕩けてしまいそうだ。


「っとに、お前はよォ…」


ただ、この甘い雰囲気にちぐはぐなお小言を一心に受けている今、段々といたたまれない気持ちが湧いてくる。
瞼を持ち上げると、眉間に皺を寄せた実弥さんのお顔が視界に入ってきた。
怒っているお顔も男前なんだよなあ、なんて心の声を漏らせばお説教が長引くことはわかりきっていたので、私は大人しく聞き手に徹する。



「何処にも行くな、って俺はお前に何遍も何遍も何遍も言ったよなァ?」

「、う、はい…仰ってました」

「そもそも俺と離れたくねェって泣いてやがったのは何処のどいつだよ馬鹿娘が」

「〜っ、あれは、忘れてくださいって言ったじゃないですか…!」


いや、待てよ。蝶屋敷でたまたま聞かれてしまったとき以外でも、確か変態に股間を押し付けられて取り乱したあの日にも同じことを言って泣きついてしまった記憶がある。
実弥さんの方を見上げると、何とも言えない表情でこちらを見つめていた。


「……余計なこと考えずにずっと俺の隣にいろって言っただろ」

「はい……でも」

「でもじゃねえ口答えすんな」


食い気味に切り捨てられて落ち込んでいると、呆れたような深い溜息が聞こえた。
細められている瞳をちらりと盗み見れば視線が絡み、ゆるく頬を撫でられる。
何だよ何考えてんだ言えよ、と結局話を聞いてくれる実弥さんはやはり優しいよなあと思う。


「だって、実弥さんは格好良いですし、すごく優しいし、お強いし、笑顔も素敵だし、中身も外身も男前だし、」

「待て待て待て待て待てェ」

「……聞いてくれるんじゃなかったんです?」

「何の時間だこれ」


真っ赤になったお顔を見られないようにするためなのか、私の目元を隠してくる彼に抗議する。
お顔見たいです、と言えば即答でこっち見んな阿呆ォ!と返された。
それは流石に傷付きます…と漏らしてみると、お顔は見せてくださらない代わりに胸元に強く引き寄せられ、ぎゅうっと抱き締められる。
そういうところなんだよなあ、と思いながら背中に手を回すと髪に口付けが降ってきた。

ああもう、本当に、この人は。


「実弥さんみたいな綺麗な人の隣にいるのが私で本当に良いのかなって…思わずにはいられないですよ」



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