風柱とストーカー撃退訓練


59_告げる
..........


「こんな傷だらけの野郎に綺麗もクソもねェよ。お前どんな趣味してんだァ?」

「いや容姿も魂もお美しいですから。無自覚は罪ですよ」

「なんでキレ気味なんだよ」


自意識過剰な男は苦手だが、実弥さんの自覚の無さはこれはこれで問題だと思う。
ご自分がどれだけ魅力的な方なのか本当に気付いていないのだろうか?

思わず深く息を吐くと、なに溜息ついてやがんだァァ……と頬を摘まれる。
手加減されていて全然痛くない。
そういうところが罪なんですよ、なんて訴えたところで無駄だということは分かりきっている。
無自覚なところも含めて愛おしいと感じてしまうのだからもう如何しようも無い。


「……血の滲むような努力に裏打ちされた強さで、自分の身を削って、いつも多くの命を救っているじゃないですか。私には眩しすぎるぐらい綺麗です。」


私の頬を摘む傷だらけの手をそっと包むと、節くれ立った指がぴくりと動く。
いつもなら手首を返して指を絡めてくれるその手が何かを躊躇っているようで、彼の名を呼ぶとほんの少し身体を離されてしまった。
何か気に障ることを言ってしまったかと思い顔を上げると、眉尻を下げた実弥さんと目が合う。


「俺はお前が思ってるような人間じゃねぇよ……」


話しておくことがある、と微かに震えた声で告げられ思わず身を固くした。
私が余計なことを言ったせいで話したくないことを口にさせてしまうのだろうか。
申し訳ない、無理に言わせたくないという気持ちとは裏腹に、実弥さんのことをもっと知りたい、教えてほしいという矛盾した感情に苛まれた。
どのような言葉を掛けるべきなのかわからず、ほとんど無意識に彼の背中をそっと摩ると、再び胸元に引き寄せられきつく抱き締められる。


「なまえ、お前が自分を同胞殺しの罪人だと言うなら……俺は母親殺しの罪人だ」


その口から語られたお話はあまりにも悲しく、痛ましく、安易な慰めの言葉を掛けることすら憚られた。

齢十余で、鬼にされてしまったご母堂に自ら手を下したこと
その際に唯一生き残った肉親に人殺しと罵られたこと
混乱していたであろうその幼い弟君を一人残して姿を眩ましたこと
たった一人で日輪刀の存在も知らず野良鬼狩として駆けずり回ったこと
その時代に出会った親友も下弦との交戦で失ったこと

ぽつりぽつりと語られていくその全てが、目に見える身体の傷跡よりも遥かに深く大きな傷を、実弥さんが心に負い続けてきたことを示していた。



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