61_例え傷の舐め合いでも
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「実弥さんの心が真に救われる方法があるなら……私は何を投げ打ってでもそれを実行するのに」
「お前が生きて隣にいてくれりゃそれで充分だ」
「〜!!!どうしてそう心臓に悪いことをすぐ仰るのですか…!」
「そりゃこっちの台詞だこの男前がァ」
実弥さんの親指が私の指を慈しむように撫でる。
その様を見ていると、たまらない気持ちになる。
卑屈な私でも、目の前のこの人に必要とされている、特別な感情を向けられていると痛いほど自覚させられた。
濡れた睫毛を伏せる実弥さんの儚げな表情に心奪われていると、私の心にある想いが浮かぶ。
「私、絶対に実弥さんを看取ります」
「あァ?」
「貴方を絶対に独りでは逝かせない。…だから、私のいないところでは絶対に死なないでくださいね?」
「……色気のねぇ求婚だな」
「きゅッ……!?」
「違ぇのかよ」
「た、確かに違うとは言えないですけど」
「マジか」
「からかってますよね…!!」
ひどいですもううわああああ、と繋いでいた手を離して瞬時に顔を覆うとくつくつと笑う声が聞こえてくる。
絶対に今も格好良いお顔で笑ってるのだろうなと思うと見たい気持ちもあるが、羞恥のあまり自分の顔を見られたくない気持ちの方が勝ってしまう。
「なまえ、」
そんな私の葛藤を知ってか知らずか、両手首を掴まれゆっくりと腕を開かされていく。
無駄な抵抗とは分かっているものの固く目を瞑って顔を背けようとすると、わざとちゅうっと音を立てて唇を吸われた。
「……男前ってのは訂正する、可愛いなァなまえ」
「〜ッ、ずるいです…」
恥ずかしいやら嬉しいやら、色々な感情でぐちゃぐちゃになった私の顔は酷いことになっているはずだ。
赤面する私の様子を笑いながら髪を撫でてくれる実弥さんもやはり素敵で、悔しくてたまらない。
その笑顔が突如として驚いたような表情に変わる。
恐らく、私のこめかみから耳の上にかけて走る小さな古傷を視界に捉えたのだろう。
「ここ、前から傷になってたか?」
「昔の任務で…」
そうか、と短く呟いた実弥さんが再び私の身体を腕の中に閉じ込める。
今日は何度こうして彼の胸元に顔を埋めただろうか。
肺を埋め尽くす匂いが私を多幸感で包み込んでいく。
「どいつもこいつも傷だらけで生きてる奴らばかりだなァ。鬼が存在し続ける限り」
「…私達の代で」
「ああ。必ず終わらせる。」
それ迄に私たちはより多くの傷を負っていくのだろう。
きっとこれ以上傷付かない方法なんて何処にも無い。
だからせめて、今ある傷を少しでも癒し合って生きていけたら。
実弥さんの胸に走る傷跡にそっと唇を寄せる。
胸から肩、肩から首筋、首筋から頬へと上っていけば、視線が絡み合った後に呼吸ごと奪うように口付けられる。
明日また新たな傷を負うとしても、今この瞬間負っている傷が少しでも癒えたなら。
そう願い合って、私たちは今日も陽光の中に溶けていく。
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