風柱とストーカー撃退訓練


62_人はそれをフラグと呼ぶ
..........


刀鍛冶の里の一件については、風柱である師範の元にも早々に伝達された。
上弦二体による襲撃を受けたにも拘らず里の被害が最小限に留められたことも、蝶屋敷に運び込まれている負傷者の中に彼の弟君の名があることも。
鴉の伝達を聞いた師範の表情が曇るのを横目で見つつ、私は無言で素振りをしていた。


「……少し、出掛けてくる。すぐに戻る」

「はい。お気をつけて。」


師範がお一人でどちらに出掛けられるのかも、その目的も容易に察しがついた。
本当は私も蜜璃さんのお見舞いに行きたかったが、何も今日じゃなくても良いはずだ。
一緒に行きますだなんてあまりにも野暮なことは言えなかった。
余計なことは何も尋ねずに自主鍛錬に取り組み、私は只管彼の帰りを待つことにする。

兄弟間のことについては、何処まで介入して良いものか正直測りかねていた。
普通の幸せを掴んでくれることを願っていた弟さんが鬼殺隊に入隊してしまい、「俺に弟なんていない」とご本人にも周囲にも宣言しつつ、師範が心を痛めていることは把握している。
大切な兄を追い掛けてしまう弟さんのお気持ちも理解できる。
お互いを大切に想っている兄弟がここまで拗れた関係になってしまうなんて神様は意地悪だ。

第三者である私が容易に口出しすることなんて出来るわけがない。
私にできることは、ただお傍に居ることだけ。
師範が帰ってきたら昨日買っておいたおはぎを一緒につついて休憩しよう、と考えた所で重要なことを思い出した。


「…あ、お抹茶切らしてるんだった」


心穏やかでない状態で帰ってくるであろう師範を出迎えるにあたって、おはぎを用意しているのにお抹茶が無いなんて有り得ない。
すぐ戻ると仰ってはいたものの、蝶屋敷との往復の時間を考えれば、師範のお帰りまでに調達してくることは出来るだろう。

そうと決まれば早速出掛けなくてはと、滲む汗を手拭いでぬぐって外出の準備を始めた。




ーーーーー



「なまえ」

「ですよねー」


この展開を予測しなかった訳ではない。
付きまとい能力に定評のあるこの男が私の外出時、しかも珍しく一人という状況で出ない確率の方が低いだろうとは思っていた。


「こんなところで出会すとは運命的だな。」

「出ると思ってました水柱様。なぜ何処にでも湧いて出るのですか」

「なまえの夫になる運命なのだから当然だ。すぐに祝言を上げよう」

「……弐ノ歌、踊祝ヨウシュク


少し前までは、変態から逃げるためにウタを使うようになるとは思ってもみなかった。
既に柱の皆様には私の正体については鎹鴉によって通達されているのだ。
数日後の柱合会議で改めて私の件も議題に上がると聞いている。
別に水柱様の前で力を使っても問題ないだろう。

何より、師範に何もかも打ち明けるきっかけとなったあの一件でかなり吹っ切れた。
あの時ウタで強化した隊士達が全員生還していて且つ心身共に異常が無かったことで、かなり力を制御できているという自信がついた。
そして単独任務中に散々慣らしてきた自分自身の強化なら多少は平気だろうという判断により今に至る。

何もぶん殴ろうという訳ではなく、少しばかり自分の脚力を強化して走り去れば良いのだ。
弐ノ歌を口ずさみながら掴まれていた手首を振り払い、私は思い切り地面を蹴った。


←prev  next→
back

top