風柱とストーカー撃退訓練


65_黒煙
..........


「合同強化訓練、ですか」

「…………」


不機嫌そうなお顔の師範から告げられたのは、先刻の柱合会議で決定した”柱稽古”なる特別な訓練が始まるという話だった。

柱合会議の日はご機嫌で帰宅されることはまず無いので不機嫌なのは仕方ないとして、何となく私自身にも苛立ちを向けられているような気がして非常に居心地が悪い。


「柱の皆様に稽古をつけていただけるなんてありがたいお話ですね。へんた…水柱様の所に行く時だけ不安ですけど」

「アイツは稽古付けねえってよ。誰にもな」

「え?"柱"稽古なのにですか?」

「本っ当に何考えてんのか分かんねぇぜ…アイツばっかりはなァ」


成程、さしずめ水柱様と一悶着あったのだろう。
師範は責任感も強く誠実なお方だ。
柱としての責務を放棄した水柱様を黙って見過ごすはずもない。
そこで何かしら揉め事が起きたことは容易に想像できる。

ただ、もしそうなのであれば私に怒りが向けられるのは理不尽な気がしてならないのだが。
普段ならば行き場のない怒りを抱えているときは刀の手入れなりお庭を眺めながらおはぎをつつくなりして気持ちを落ち着かせている師範が、今は明らかに私に視線を向けながら青筋を立てている。


「か、風柱の継子として、しっかり訓練に参加してまいりますね」

「…………」

「緊張しますけど、楽しみです。師範に稽古を付けていただいて私がどれほど成長したか、柱の皆様や他の隊士に知ってもらえる機会でもありますから」

「楽しみ、だとォ?」


普段よりも一段と低いお声と共にぎろりと睨まれる。
まずい、何か地雷を踏んでしまった、と頭で考えたときにはもう遅かった。

背中に走る衝撃と共に視界を埋め尽くすのは師範の顔。
その向こうに見えるのはお屋敷の天井。

押し倒されている、と言っても決して艶っぽい雰囲気ではない。
畳に押し付けられた右手首は少し痛みを感じるほどぎりぎりと握られ、微かに顔を顰めると乱暴に下顎を掴まれ無理矢理目線を合わせられる。


「お前なあ、暫く他所を転々としながら男に囲まれて生活すんだぞォ?その辺の危機感もちったァ持てや」

「………え、」


そのお言葉で、漸く師範が何に苛立っていたのかは理解できた。
理解はできたが、ある思いが沸々と湧いてくる。
私にとってその言葉は理不尽極まりないものだった。

普段なら師範に反抗することなどほとんど無いが、今回ばかりは気持ちを抑えられずに彼の瞳を思い切り睨み返した。


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