風柱とストーカー撃退訓練


66_悋気
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私よりも遥かに異性を魅了していて、且つその自覚が薄い師範から放たれた言葉にじわじわと怒りが湧いてしまう。


「……それを言うなら、何人もの女性隊士がこのお屋敷に来るんですよね?私のいない間に、泊まり込みで」


大っぴらに好意を表す人こそ少ないものの、明らかに恋情を孕んだ視線を彼に向けている女性隊士も少なくないというのに。
一般人でも、行きつけの甘味処の娘さんだって、ついこの間お世話になった藤の花の家紋の家の女性だって、例を挙げればきりがない。
そんな場面を目にする度に込み上げる嫌な感情を私がどんな思いで抑えているのか、彼は知る由もないのだろう。


「それは関係ねぇだろォ」

「どうしてですか?状況は一緒ですよね。異性と数日間生活を共にするんですよ」


本当は私に嫉妬する権利など無いことは分かっている。
師範への想いをはっきりと口にしてしまえばより想いが募ってしまう気がして、そうすると自分の使命すら投げ出して女としての幸せを望んでしまいそうで。
そんな勝手な考えから、私から彼に想いをはっきりと伝えることはしていなかった。

普段から水柱様に付き纏われている私が危機感を持てと叱られるのは最もなことなのかもしれない。
けれども今回はその水柱様との接触の可能性は極めて低いし、私は師範ほど異性に好感を持たれやすい方ではない。
泊まり込みの稽古で、隊士同士のそのような接触を柱の皆様が許すとも思えない。
逆に柱である師範ならば、彼がその気にさえなれば事に及ぶことは決して難しくないだろう。

師範を疑っているわけではない。
ただ、私の方が余程不安な状況であるのにも拘らず一方的に怒りを向けられ、反発する心が抑えられなかった。
売り言葉に買い言葉でつい拗ねた物言いをしてしまった。


「……お前がそういうこと言うの珍しいなァ」

「………!」


ふっと笑みを溢した師範の表情が突然和らぐ。
その途端に、自分自身の発言を後悔し始めた。
段々と冷静になっていく頭が憎たらしい。
先程の自分はなんて恥ずかしい態度を取ってしまったのだろう。

羞恥のあまり顔を背けてぎゅっと目を瞑るものの、彼の視線が私の横顔にグサグサと刺さっているような気がしてならない。


「なまえ」

「……見ないでください」

「お前も妬くのか」

「わ、忘れてください!」

「可愛いなァ」

「先程の発言は撤回します…!調子に乗りました」

「撤回しなくて良い」

「ん、」


先程までのひりついた空気は何処へやら、優しく頬に添えられた手に逆らうことも出来ずに正面を向かされてしまえば、即座に唇を塞がれる。

じっくりと味わうような深い口付けに頭の芯が蕩けそうになりながら、身体を這う師範の熱い掌に抵抗しようという気は全く起きなかった。


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