風柱とストーカー撃退訓練


69_伝達
..........

重たい。
重たい。
目を閉じれば過去の自身の言動に対する後悔が波のように押し寄せる。
吐き出した言葉は取り消すことなどできず、振り上げた拳も無かったことにはできない。
偉そうなことを言えた立場ではなかった。
わかっていた。
わかっていたのに。
雑念塗れの身体が氷の塊で殴り続けられているような感覚に呼吸が乱れ、暴力的な程に凍てついた水が喉奥を襲う。


「っ、げほっ……ぅ、!」


集中が途切れた今の状態で滝行続行は不可能と判断し、持てる力の全てを足に集中させ必死に川縁を目指す。
いくら水捌けの良い隊服とは言え全く水分を吸わない訳でもない。
重くじっとりと肌に吸い付く布が容赦なく私の体温を奪っていく。
男性隊員と同じように上裸で滝に打たれる訳にもいかないので中々の苦行だ。
髪に染み込んだ水が首筋を伝って背中へと侵入し続け、身体全体を乾いた岩にへばり付かせてもなかなか熱を吸収できている実感がない。


「何か……気掛かりなことがあるようだな…」

「も、申し訳ありません」


涙を流した岩柱様に覗き込まれ、私の身体にささやかながら温みを与えていた陽光が遮られる。
ああ、今はほんの僅かな熱でさえ逃したくないのだけれども――――
背筋に走る悪寒に身体を震わせると同時に邪念を振り払い、柱稽古の最中に精彩を欠いていた自分を恥じる。

一連の柱稽古を乗り越え、漸く岩柱様の元へ向かう許可をいただきここまで辿り着いたというのに。
師範を除き唯一稽古をつけていただいていない柱(本人曰く、柱ではないというが)へ無礼な態度を取ったことへの後悔が日増しに強くなり、気もそぞろに中途半端な修行をしてしまっていた。
風柱の継子として情けない姿を晒せば師範にもご迷惑が掛かるというのに、何をしているのだろうか。
目元に流れ落ちてくる水滴を荒く拭い、心の内で自分を叱咤する。


「みょうじに必要なのは精神面での修行……この滝行が済んだら隊士たちの肉体強化訓練を補助してもらう。これが最後の訓練だから頑張りなさい…」

「!」


肉体強化。補助。
岩柱様のその言葉が指すものを察知した私の心臓が低く深く鼓動を打つ。
ウタウタイという特異な存在が、今の鬼殺隊の中で周知のものとなったことは既に聞いていた。
柱稽古中の周りの隊士たちからの刺すような視線からも実感していた。
つまりは、命を以て命を制しに行く総力戦がいよいよ迫っているということだ。


「もうすぐ、来るのですね。奴が」

「ああ……」

「岩柱様は優しい御方と伺ってます。仲間の命を脅かす私のような存在は、良く思われていないかと思っていました。」

「柱は皆、元々命を賭して戦う覚悟だ。無残を倒すという悲願のために必要なこと……ここに残る隊士たちも皆その覚悟がある者ばかりだろう……」


鬼殺隊の歴史の中で、私たちが幾度となく柱たちに痛めつけられた記憶は花に刻まれている。
二度と転生してくるなという罵倒と共に切り伏せられたことも、生きながら焼かれたことも、筆舌に尽くしがたいほど凄惨な最期は幾つもあった。
だがそれはあくまでも過去だ。
私は身体の奥深くに刻まれた記憶から、彼らには拒絶されると端から決めつけ、「今」の彼らの覚悟を軽んじていたのだろう。

ずっと自分の正体を隠していたことを謝罪すると、岩柱様から予期せぬ言葉が返ってくる。


「こちらこそ、鬼殺隊の過去の非道の数々を詫びよう……辛い思いをさせてすまなかった」

「そんな、岩柱様が私に詫びる必要など、」

「我々は仲間なのだ……今までも、これからも…。共に最期まで戦おう、みょうじ」

「……!」


思いがけない言葉の雨に目を見開くと、岩柱様の大きな手が私の頭を撫ぜる。
温かく優しいその手が、負の記憶を、ありとあらゆるしがらみを解いていくように感じた。
師範だけではない。しのぶ様だけではない。
普段お付き合いのある方だけではない。
私は紛れもなく鬼殺隊の仲間として認められているのだ。
鬼殺隊最強と謳われる岩柱様からはっきりとそれを言葉にしていただいたことで、自身の心が奮い立つのを感じる。

彼らの仲間として、最期まで誇り高き戦いを。
そう熱く心に誓っていると「では頑張りなさい」と早々に滝修行へと送り出される。
岩柱様の切り替えの速さに圧倒されながらも、私は晴れやかな気持ちで再び川底の砂利を踏んだ。


「…心はとっても暖まったけど、やっぱこれは簡単ではないな…」


私の呟きをいとも簡単に飲み込む流水は相も変わらず凶暴で、体温を奪われ続ける身体が悲鳴を上げていく。
それでも私はきっとこの修業を乗り越えられるだろう。
誇り高き鬼殺隊の一員として、風柱の継子として、絶対に。

そうして集中を高めようとした矢先、それを遮る程の声がびりびりと空気を震わせる。


「みょうじ!!急いで不死川の元へ向かいなさい!!」

「えっ、何故…」

「不死川が…!」


鎹鴉と岩柱様のただならぬ様子に、私の背筋に滝の水とはまた別の冷たい雫が走った。

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