風柱とストーカー撃退訓練


68_叱責
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陽の光を映し煌めく水面を走る橋の上で、吹き抜ける風が私の髪を一房攫っていく。
浮いた髪を耳に掛けながら振り返れば、未だ名も聞いていない少年の髪がほんのりと赤く透けて輝いている様が目に入った。
その美しさに思わず目を細めていると、隣に佇む水柱様の深い藍色がこちらに向けられる。

黙っていれば眉目秀麗、しかしその中身は付き纏い魔。
そんな残念な男が目の前に二人もいるという状況に、自分から首を突っ込んだこととはいえ溜息が溢れた。
これが厄介事であることは火を見るよりも明らかだ。
今の状況が師範に知られてしまえばお説教確実である。
早々にこの二人の仲を取り持ち、この場を切り上げてしまいたい。

そんな甘い考えで安易に会話を促したことを、私は直ぐに後悔することとなる。


「俺は最終選別を突破していない」


深い溜息に次いで語られたのは、陽光届かぬ川底に沈む泥の如く、水柱様の心を重く陰らせる過去だった。
かつて寝食を共にし切磋琢磨した少年に最終選別で命を救われ、自身は鬼を一体も倒さぬまま生き残ったという。
そしてその年は一人を除いて全員が選別に受かった。
藤襲山の鬼を殆ど一人で倒してしまった、その少年ただ一人を除いて。
故に自身は最終選別を突破したとは言えず、柱にふさわしい人間ではない、自身は水柱ではないというのだ。


「もう俺に構うな。時間の無駄だ」


必死に向き合おうとしてくれている少年に背を向ける男の姿に、かつて周囲に対して壁を作り誰にも受け入れられるはずがないと決めつけていた私の姿が重なる。
その様のなんと情けなく、苛立たしいことか。
私は思わず彼の頬目掛けて思い切り平手を打っていた。


「…最終選別で鬼を一体も倒していないから、それが、一体何だと言うんですか」


目を見開いて呆然と立ち尽くす男の胸倉を掴み、感情のままに言葉を紡ぐ。


「貴方自身の認識がどうであろうと、鬼殺隊は貴方の剣士としての資質を認めています。だからこそ柱という階級を与えたのでしょう。ご自身が水柱であることを否定するということは、貴方のことを認め敬う私や鬼殺隊をも否定することと同義です。……貴方たちを守って、命を散らした錆兎さんのことも。」


自身の血の滲むような努力と才能も、その果てに得た鬼殺隊からの信頼も与えられた居場所も否定し拒絶して。
私が、”私たち”が数百年もの間、喉から手が出るほど欲していたものを得ているくせに。
嫉妬に近い怒りの感情が腹の中でとぐろを巻く。


「大体貴方、以前うちの師範と仲良くなりたいとかなんとか仰っていませんでしたか?対等に肩を並べていい人間じゃないと言いながら、本当は居場所がほしくてたまらないくせに。中途半端野郎がグジグジグジグジ鬱陶しいんですよ!!」

「…………」

「まあもうどうでも良いです。柱でないと言うのなら、私にとって貴方は敬うべき対象でもなんでもないただの変態です。心底がっかりしました。二度と私の目の前に現れないでください。」


苛立ちのままに一通り捲し立て、掴んでいた隊服を乱暴に突き放して踵を返す。

本当に背を向けたかったのは過去の私自身に他ならない。
私の行動は理不尽極まりないただの八つ当たりだ。
それらを理解した上でもこの感情は抑えられなかった。
頬を腫らして立ち尽くす男と戸惑いの表情を浮かべる少年を残し、私は半ば逃げるようにしてその場を立ち去ったのだった。

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