3話
「生きてるよ」
一縷の望みを掛けて可及的速やかに彼女の身体を高専医務室へ運び込んだものの、心の内では彼女の死は決定的なものとして捉えている自分がいた。
それ故に、彼女の治療を終えた家入硝子から告げられた言葉を理解するのには、若干の時間を要した。
「まあなまえの目が覚めるかどうかまでは保障できないけどな。あんな状態でよく生きてたもんだよ。」
奇跡的に一命を取り留めた彼女は、あれから医務室の一角で昏々と眠り続けている。
また来たのかと部屋の主にからかわれた回数を数えるのも億劫になるほど、少しでも空き時間が出来れば私は彼女の元を訪ねるようにしていた。
もっと早く合流していれば。
あの場で何か処置が出来ていたなら。
より迅速に高専に連れ帰れていたなら。
彼女の現状に責任を感じていたと言えば聞こえは良いだろう。
「生きていてくださっただけで充分、…なんて、言える訳がない」
陶器のような肌には、あのときよりも随分と血色が戻っているように見える。
静寂の中で耳を澄ませば、上下する彼女の胸元に合わせて呼吸音が漏れ聞こえており、彼女の身体が生命活動を維持していることを示していた。
ただ、それだけでは足りないのだ。
「…もう一度、」
琥珀色の瞳に私の姿を映してほしい。
柔らかな声で名を呼んでほしい。
その身勝手な願いが届いたときには、あの夜から既に丸四日が経過していた。
「……ナナさん…?」
頬に影を落としていた睫毛の下から覗く潤んだ琥珀が、こちらに向けられている。
私の姿を視認した彼女が、いつも通りの呼び名を、いつもよりもやや掠れた音で紡いだ。
「なまえさん、私が分かりますか」
分かりきった質問でも投げ掛けずにはいられなかった。
無許可で女性の頬に触れることなど普段なら憚られる行為だが、このときばかりは自制が効かなかった。
指先から伝わる熱に、彼女の生を直に感じる。
彼女のいる日常が戻ってくる。
その事実に感極まる想いで、鳩尾のあたりから熱いものが込み上げてくる。
しかし、力なく微笑んだ彼女が次に紡いだ言葉は、嘗ての日常では耳にしたことのない響きだった。
「あい、してます」
「………………はい?」