5話
窓枠から溢れた朝の陽光が、何処か陰鬱とした雰囲気を漂わせる高専の廊下を眩く照らす。
向かい側から軽やかに響いてくる靴音はつい先日まで床に臥せっていた人のそれとは思えない。
白い光を纏う栗色が彼女の歩みに合わせて胸元をふわふわと跳ねる。
蛍光灯の下で目にするときよりも随分と柔らかそうに見えるその髪に目を奪われていると、血色の良い唇が開かれた。
「ナナさん、おはようございます」
いつもの呼び名、いつもの柔らかな声。
ゆるく微笑む彼女の様は、素人目に見れば無事に回復しているようだ。
目に見える範囲には大きな傷跡も無く、ボロボロの状態の身体を運んだあの夜が本当に現実だったのかと疑う程に、彼女は以前と変わらぬ姿でそこに居た。
「おはようございます、なまえさん。怪我の具合は如何ですか」
「お陰様で全快です。その節は本当にありがとうございました。」
「御礼には及びません」
「いやいやいや愛する人に命を救われたんです。近々、きちんとした形で何か御礼をさせてください。」
「………………」
彼女が無事回復した。
日常が戻ってきた。そのはずだった。
しかしどうにも聞き捨てならないワードが彼女の口から飛び出してきたことに面食らい、沈黙してしまう。
彼女が医務室で目覚めた際にも、同義の言葉を投げ掛けられ黙り込んでしまったことは記憶に新しい。
身体は回復しているように見えるが、やはり頭部に負った外傷により後遺症が残ってしまったのだろう。
記憶障害なのか感情抑制領域への影響なのか。
一時的なものなのか、恒久的なものなのか。
家入さんの所見はどうなのか、彼女は自分の状態についてどのように聞いているのだろうか。
次に紡ぐべき言葉を脳内で必死に探すが、適切な言葉が一向に見つからない。
「すみません、私、先日の呪詛師の件で報告に行かなきゃいけないんでした。御礼の件はまた相談させてください。ではまたー。」
無言のままの私を意に介さず、あっさりと立ち去っていく彼女は以前のイメージと合致する。
しかし例の発言は、流石に3度目ともなれば聞き間違いとも思えない。
取り敢えずこの状況があの人の耳に入らないよう気を付けなければ、と考えたところで、背後から伸びてきた腕がずしりと肩に重みを伝えてきた。
「なになに?何か面白いこと起きてる?」