1_淡いスイートピー
「海の先には何が待ってると思う?」
大海原を前にして、オレンジの似合う小麦色の青年が笑った。問われた少年は片手を海につけて、パシャパシャとかき混ぜながらぶっきらぼうにそれに答える。
「何、夢とか希望とかじゃないの」
「そうさ!この広い海には夢が詰まってるんだ。お前も外に出れば分かる、道は幾重にも広がっていて希望に満ちているってな」
「はいはい、気が向いたらね」
「なんだよ冷てぇな」
強い風が彼らの背中を押すように吹く。風に飛ばされないよう帽子を抑えた青年は、目を合わさない少年の頭を乱暴に撫でまわし、満足したところで突然抱き上げた。寝転がっていた少年は両脇を押さえられ、抵抗する間もなく目の前の海に放り出されてしまう。
豪快な水飛沫とともに少年の身体は海深くまで沈み、落とされたと理解できた少年は息を溢しながら空気を求め浮上する。水面から顔を出した少年の目に映ったには満面の笑みをして待ち構えている青年。
「わ!! 何すんだよ!」
「わっはっは! 気持ちいいだろう海は!」
「ベタベタするし、しょっぱいし最悪だよ、馬鹿じゃないの」
波をかき分けながら必死に防波堤に手をかける、重みを増した衣服が邪魔で思うように上がることができない少年に対して、青年は大きな手を差し伸べた。落とした張本人にもかかわらず眩しいほどの笑みで“俺と冒険に行かねぇか?”と誘う。
「僕は海兵だ」
「俺は海賊だ」
背中に白ひげの船旗を掲げた海賊と、背中に正義と刻まれた制服を纏う海兵。この二人の関係はとても歪なものだった。海兵の少年は悪態をつきつつ、差し出された海賊の手を取る。ニッと笑った海賊の青年は、握った手を勢いよく引っ張り少年を陸へと上げてやる。
海水を含んだ真っ白の制服を乱暴に脱ぎ、力いっぱい絞った少年は噛みつくように青年の胸に拳を突きつけた。
「僕は海賊が嫌いだ、海賊を野放しにするこの海も大嫌いだ。だから海軍に入ったんだ、わかるか?」
「まぁ、道理だな」
「だから僕らは敵なんだ」
「そっか、残念だ」
「もうそろそろ諦めてくれ……って、おい!」
少年は少し辛そうに声のトーンを落とし青年を説得する。睨み上げていた顔もだんだんと下がり、地面へと視線を落としてしまっていた。
暫くして頭上から聞こえた彼の残念そうな声に、ようやく諦めたかと安堵した少年は、顔を上げるが、その瞬間に青年は突拍子もない行動をとる。青年は少年と目を合わさず、一目散に海へと走り、そのまま身を投げだしたのだ。少年が咄嗟に手を伸ばすが届くはずもなく、青年は海に落ちたまま一向に顔を出さない。
唖然としていた少年は唇を噛みしめ”あんの馬鹿野郎が!”と叫び、マントと制服を脱いで青年の後を追うように生みへ飛び込んだ。彼は泳ぐことができないのだ、一度海に沈めば一生浮き上がることなく沈んでいく存在。自分でもその性質を理解しているはずなのに何故こんな行動を? 少年は様々な考えを巡らせながら海深く沈んでしまった青年の元へ急ぐ。
「意味わかんねぇって…お前カナヅチだろっ!」
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